依頼されていたパターンを引き終わり、翌日依頼先へ発送しようと準備をしていたときのこと、僕のスマートフォンにイツキから電話が入った。何かと思って出てみると、これから退魔に使う道具を買いに行くから見に来てみないか。と言う誘いだった。
 言われてみると、僕はイツキが何を使って退魔をしているのか全く知らない。
 勤が何を使っているか知っているかと言われると、実はそっちもよくわかっていないのだけれど、勤は数珠を使っているのだろうかという推測が立てられる。
 けれども、イツキに関しては全くわからないのだ。
 勤も見に行くみたいだし、この際僕もイツキが何を使って退魔をしているのか知って置いた方が、今後仕事がやりやすくなるだろう。
 僕は待ち合わせ場所を聞いて通話を切り、家を出る準備をした。

 しかし、お母様が夕食の準備を始める前に連絡が入って良かった。作り始めてから、夕食は外で食べる。等とは余り言いたくないからね。でも、心配かけてしまっただろうから、明日の朝か、昼か、その辺りの食事は僕が作ろう。
 そんな事を考えながら電車に揺られて、待ち合わせ場所に着いた。
 待ち合わせ場所は秋葉原駅の電気街口で、僕達三人が待ち合わせをするときはここが多い。僕もイツキも勤も、ここから近い所に有る個室の飲み屋を仕事で使う事が多いので、馴染みがあるからと言うのは有る。
 改札から出ると、すでにイツキと勤が駅ビルの前で待っていた。
「やぁ、イツキ、勤、ごきげんよう。
待たせてしまったかな?」
「いんにゃ、そんなに待っては無い」
「俺はさっき来たとこだな」
 そう軽く挨拶をして、イツキは早速退魔の道具を買いに行くという。
 ん? 秋葉原にその様な道具を扱った店などあっただろうか?
 不思議に思いながらイツキに着いていくと、駅からほど近い、一体どんな店なのかわからないビルに連れて行かれた。
 そう言えば、このビルは目立つからあるのは知っていたけれど、何の店なのだろうか。今まで入ったことが無かったな。
 こんな目立つところで法具や呪術的な物を売っているのか。と訝しがりながらイツキの後について店内に入ると、予想外の物が目に入った。
「おい、イツキ」
「ん? なに?」
「この店は何だ」
「え? 見ての通りアダルトショップだけど?」
 ちょっと待てどういう事だ? 退魔の道具を買いに来たんじゃ無いのか?
 僕が余りのショックで入り口から動けずに居ると、イツキは店の奥に行ってしまい、やれやれと言った様子の勤に腕を引かれて僕も震える脚で店内に入ることになった。

 店の奥に有るエレベーターに乗り、イツキは慣れた手つきで階数ボタンを押す。
 ゆっくりと動くエレベーターの中で、イツキに訊ねた。
「今日は退魔の道具を買いに来たと聞いたのだけれどね?」
「うん、そうだけど?」
 解説が無いな。
 僕が困惑していると、勤が溜息をついてこう説明してくれた。
「悪霊に限らず何だけど、霊って結構性的な物を苦手とする傾向があるんだよ」
「勤は、イツキがこう言う物を使って仕事をしているのを知っていたのか?」
「いや、今初めて知ったけど、そう言う事は話には聞いてたから」
 勤の説明に無理矢理納得はしたが、どうにもこう言う店に足を踏み入れるのは気が引けると言うか、抵抗がある。
 こわい。イツキが何を買う気なのか、それを考えると既にこわかった。

 エレベーターを降りると、そこは明るめの照明が照らすフロアだった。
 一瞬、そんなにいかがわしい場所では無いのかと思ったが、陳列されている商品を見て絶句した。
 いや、こう言う物が有るのは知ってはいる。知っているけれども!
 思わず腰を抜かしそうになって勤の腕にしがみついていると、イツキが不思議そうな顔をして僕に声を掛けてきた。
「ジョルジュどうしたんだよ。
恋人とイチャイチャする時こう言うの使うだろ?」
「そっ……少なくとも僕は使っていないし、使うようなことはまだしていない!」
 思わず泣きそうになっている僕の腰に勤が腕を回し、なんとか支えてくれている。勤が居なかったら、僕はこの場にへたり込んでいたかも知れない。
「おい、大丈夫か?
……しゃーないな。イツキ、こいつ連れて避難したいんだけど、ジョルジュでも耐えられそうな場所こんなかに有る?
無かったら外に出て待つけど」
 困ったような声でそう訊ねる勤に、イツキは棚から取り出した品物を両手に持って答える。
「下の階にコスプレ衣装扱ってるところがあるから、そこならだいじょぶじゃね?
って言うか、ジョルジュこう言うの駄目かー。そうかー」
「そっか、じゃあ俺達その階に避難してるわ」
「おうよ。すまんね」
 イツキと勤のやりとりを震えながら聞き、そのまま後ろを向いてエレベーターのボタンを押す。
 情けない話だけれども、エレベーターに乗るまで、ずっと勤に支えられていたのだった。

 エレベーターで移動し、今居るフロアではなにやら服が沢山並べられている。
 何というか、その、余り普段着て歩くと言う意味では実用的で無い服が多い気はするが、先程のフロアよりはだいぶマシだ。
 ここがアダルトショップだと言う事は、ここに並べられている服もそう言う用途の物なのだろうが、単純に作りが気になってしまい、何着か手に取ってじっくりと見てしまう。
 ふと、勤が声を掛けてきた。
「なにか彼女さんに着せたい服とかあるのか?」
 恋人に着せたい服。そう言われて手に持っている服を見直すと、どうもピンとこなかった。
「そうだな。恋人に着せるのならもっと作りの良い服が良いね。
それに、ここに有る服だと肌の露出が品の無い感じになりそうだ。
彼女はいつも華麗な洋服を着ているけれども、着て貰えるのなら着物に袴なんて良いかもしれないね。ちらりとしか見えない帯にも気を遣うところとか、日本国らしい奥ゆかしさがあるだろう?」
「お、おう」
 着物に袴か。自分で言って何なのだけれど、きっと彼女によく似合うだろう。是非とも着て貰いたい物だ。
 しかし、いきなり着物を着て欲しいと言っても困ってしまうだろうね。新品の着物を仕立てて貰ってプレゼントする、と言うのは僕の経済状況からして現実的では無いから、古着で良い柄の物を探してプレゼントしようか。卒業シーズンになると袴も売っているそうだしね。
 どんな着物が良いだろうか。織り柄も良いけれど、染め付けた華やかな柄も捨て難い。
 恋人にどんな着物が似合うか、夢見心地になりながら思いにふけって、ふと勤の方を見ると、困ったような顔をして僕の方を見ていた。

 イツキの買い物が終わり、いつもの飲み屋で夕食を食べている時に、勤がイツキに訊ねた。
「所でイツキさ、その、アダルトグッズを除霊具として使ってて、家族に見つかったらどう言い訳するん?」
 その問いに、イツキは芋焼酎をぐっと呷り、情けない顔をして答える。
「実は結構前に妹に見つかってさー。
妹は『あ、察し』見たいな顔してたけど、その後気まずさがマッハで一人暮らし始めた」
「心中お察しします」
 妹に見つかったのか。それは……ご愁傷様としか……
 その後少しイツキの嘆きを聞いて、それから僕が疑問に思っていた事を訊ねる。
 何故悪霊が性的な物を嫌がるのか。と言う事だ。
 するとイツキはこう答える。性的な物というのは、すなわち生命に繋がるので、悪霊たちが嫌うのだろうと。
 そう説明して、陽根で殴ると効果覿面だぜ! と言って紙袋から品物を出そうとしたイツキに、勤がアームロックを決めた。