(ぼくにも こころが あるんだよ)


「ママは……この子は手放せないわ」
「じゃあ、これからはママの部屋に飾りなよ。私の部屋じゃ寂しいでしょ?」
「そうね、そうするわ」
私はアイちゃんを抱きかかえる。久しぶりのアイちゃんは何だかずっと小さくなっている気がする。
一人っ子で気の弱かった私は、いつもアイちゃんと一緒に過ごしてきた。おままごとではお父さん役をやってもらったし、どんな絵本を読み聞かせても変わらず優しい目をしていた。学校でクラスメイトの男の子にからかわれた時、初めて出来た彼氏と別れた時、入試の面接日前夜にどうしても眠れなかった時、いつもアイちゃんは静かに私の話を聞いてくれた。もちろんアイちゃんは何も喋らなかったけれど、その優しい瞳が私は大好きで、その瞳に見守られているだけで私は心を落ち着かせられたのだ。まるで、「だいじょうぶだよ」と私に声をかけてくれているようで。
「ママ!ママも思い出に浸っているじゃん」
娘に声をかけられ、はっとする。そんなことを言いながら、娘もさっきからアルバムや手帳を開いてゆっくり眺めている。
「思い出って、褪せないのよ」
「それ、分かる気がする。写真とか、大切なものを手にしたら、すぐに思い出しちゃうもん」
「そうね。いつでもそばに居てくれているのよ」
アイちゃんをそっと撫でる。ごわごわの毛も、ほつれた糸も、洗っても落ちない汚れも、全部がアイちゃんとの思い出で、長く一緒にいる証だ。アイちゃんを見るだけで思い出のかけらは溢れてくるし、アイちゃんを抱きしめるだけで懐かしい気持ちで満たされる。
「ママにとってその子は、ずっと大切な存在なんだね」
絵本も、他のぬいぐるみも、お気に入りのワンピースも。どれも小さい頃からの大切なもので、私には大切なものがたくさんあるけれど、アイちゃんは私にとってずっと特別だった。
「だって、ともだちだから。ずっと私のそばにいてね」
私の腕の中のアイちゃんは変わらず優しい目をしていた。


【完】