(ぼくにも こころが あるんだよ)





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出会いの日がいつだったか、どんな場所でどんな風に出会ったか、私は今でも覚えている。


「ママ、助けて!全然部屋が整理できないの!」
「もうっ仕方ないなあ」
私は洗濯物を取り込んでから、物で溢れかえっている娘の部屋へ向かった。
たった一人の愛娘が大学進学のために一人暮らしすることになった。推薦入試で決まったので本来なら入学まで随分と時間の余裕があったが、中々準備を始めずに結局ギリギリになって慌てている。一人暮らしに必要なもの、実家に置いていくもの、これを機に処分するもの。これらを振り分けながら進めなくてはならないが、娘は物を手にするたびに思い出を回顧してしまい、中々進まない。
「それ、もう使わないんだったら捨てちゃえば?」
「これは友達と遊んだ時に一緒にゲームセンターで取ったものだから、思い出があるの!」
「さっきから思い出しか言わないじゃない。物が全然減らないわよ」
駄々をこねる娘を諭しながら、自分が一人暮らしを始める時のことをふと思い出した。私が一人暮らしを始めるときは、合格発表から入学まで時間があまりなく、あまり思い出に浸ることは出来なかった気がする。本当に必要なものだけを詰め込んで家を出た私は、結婚を機に改めて実家の部屋を整理した。私も今では、あの頃の私と同じ年齢の娘を持つ母親なのだ。
「子供の頃のおもちゃも、譲るか処分しちゃわないとね」
「絵本はいとこにあげればいいよ。綺麗なのに勿体ないもん」
「そうね。ぬいぐるみやお人形さんは、神社に持っていって供養してもらおうね」
娘は人形遊びが大好きだった。ご飯の時やお出かけの時も一緒なのはもちろん、お風呂の中にまで持ち込んでシャンプーをしてあげていた時は私もびっくりした。一人っ子だったけれど、一人で何役もやって楽しそうに遊んでいたので、ついつい幾つも買い与えてしまった。特に思い入れのある人形以外は、ぬいぐるみと一緒に供養してもらうことにしよう。
私が人形を整理していると、娘はふと棚の上を指差した。
「ママ、あの子はどうするの?」
「あの子?」
「ママからのおさがりの子。ママが一番大切なぬいぐるみなんじゃなかったっけ?」
棚の上には一際年季の入った犬のぬいぐるみが飾ってある。ふわふわだったはずのキャラメル色の毛はごわごわとしていて、所々ほつれているし、何度洗っても落ちない汚れが付いている。
アイちゃん。見た目はオスのようだけど、私はずっとアイちゃんと呼んできた。