(ぼくにも こころが あるんだよ)


「アパート、狭いからなあ」とこぼしていたゆうちゃんは、必要最低限のものしか持っていかなかった。だから、ゆうちゃんの部屋は以前とあまり変わらない気がする。ママが部屋を掃除するたび、外の空気を入れるたび、ゆうちゃんのにおいはどんどん薄くなってしまうけれど、部屋のどこを見てもゆうちゃんの存在はたくさん詰まっている。
だから、ぼくはさびしくないんだ。ゆうちゃんがぼくを大切にしてくれたように、ゆうちゃんはどんなものも思い出も大切にしているんだ。
遠くから小学生の下校の声がする。黄色い頭とカラフルなランドセルがいくつも楽しそうに揺れているのが見える。心地よい空気に思わずぼうっとしてしまったその時、ベランダの下に人影ができた。
「あれ?アイちゃん、日向ぼっこしているの?気持ちよさそうだね、ママがお日様に当ててくれたのかな」
ゆうちゃんだった。ぼくの表情は変わらないのだけれど、きっといつもより目はランランとしているに違いない。だいすきなゆうちゃんが帰ってきた!
ゆうちゃんはママに挨拶し、一休みしてからぼくをおうちに入れてくれた。久しぶりのゆうちゃんはサックスブルーの綺麗なシャツワンピースを着ていて、とってもかわいかった。お化粧をするようになったゆうちゃんからは、小さい頃とは違う香りがする。それでも、ぼくを抱き上げる手や腕の温もりは変わらない。
ぼくたちはベッドの上で夕日に包まれながらゆったりとした時間を過ごした。ゆうちゃんは携帯で誰かと連絡を取ったり、横になって少し目を瞑ったり、ぼくに話しかけたりしてくれた。
「アイちゃん。私ね、お付き合いしている彼がいるの。ひーくんって呼んでいてね、穏やかで優しい人なの」
そうなんだ。
「なんにもない私のことを、ずっと好きって伝えてくれるの」
なんにもなくないよ。ゆうちゃんは、とびきりきれいな心を持っているんだよ。
「自信が持てない私のことを、そんなことないよって、ありのままのゆうが好きなんだって、言ってくれるの」
すてきな人に巡り合えたんだね。
「大切にしてくれるの。私も、ひーくんをもっと大切にしたいって思うの」
ゆうちゃんはきっとひーくんを、すでにちゃんと大切にしていると思うよ。
ぼくはゆうちゃんの言葉ひとつひとつに返事をする。そんなぼくに応えてくれるように、ゆうちゃんは微笑んでくれた。