(ぼくにも こころが あるんだよ)


ゆうちゃんはそこまで口にすると、一層大きな声で泣いた。肩を震わせ、ぼくを握る力を強める。こんなに顔を歪ませて涙を流すゆうちゃんは、見ていてぼくもつらい。
ぼくには、ゆうちゃんの涙を止めることも、先輩を懲らしめることも、ゆうちゃんを抱きしめることもできない。ぼくのありったけの気持ちも、言葉も、何も届けることができない。出来ることと言えば、やっぱりそばで見守ることだけだ。昔から変わらず、ぼくは無力だ。
どうすることもできなくて、ぼくは変わらぬ表情でゆうちゃんを見つめる。いつかぼくの気持ちは届くのだろうか。
ゆうちゃんは、ぼくにとって世界でいちばんすてきな女の子だよ。
ずっと変わらぬこの想いは、ぼくの心の中でぐるぐると回るだけなのだ。

       ○

どれくらい年月が経ったのだろうか。ゆうちゃんの声を最後に聞いたのは、いつだっただろうか。
今日は天気がいいので、ママがぼくを洗っておひさまに当ててくれている。気持ちのいい秋晴れだ。遠くで百舌鳥の鳴き声が聞こえる。
ゆうちゃんは高校を卒業してから、専門学校に入った。ゆうちゃんの学びたい学校はここから遠いところにあるからと、合格してから直ぐにアパートをおさえて荷物をまとめて家を出てしまった。時間の余裕はあまりなく、入学準備と並行して行われた慌ただしい引っ越しだった。ぼくは特別なお別れも何もしていない。だってゆうちゃんの帰る場所はここでもあって、ゆうちゃんの部屋も変わらずあって、長期休暇にはここに帰ってきてくれる。だからゆうちゃんも僕に「さよなら」とは言わず、「いってきます」とだけ言った。ぼくも、いつものようにいってらっしゃいと心の中で呟いた。
ゆうちゃんはひとりでどんな家に住んでいるんだろう。新しい場所でともだちは出来たかな。ひとりで泣いていないかな。たまに、ぼくのことを思い出してくれているんだろうか。
ぼくはというと、そりゃあゆうちゃんに会いたい気持ちはいつだって変わらない。ぼくはゆうちゃんが大好きなのだから。でも、ぼくはぼくの変わらぬ任務を遂行するのに毎日忙しい。なんといってもぼくは、お留守番のプロである。ゆうちゃんがいる部屋も、いない部屋も、ぼくが見守っておかなければならないのだ。