しばらくして様子を見に来たママが布団をめくると、ゆうちゃんの顔が今度はほんのり赤くなっていた。熱があるのかもしれない。ママはテキパキとお水やスープ、体温計に氷枕を持ってきた。ゆうちゃんは小さく、「知恵熱、みたいなものだから」と呟いてスープも何も口をつけず、そのまま深い眠りについた。
翌日には熱も下がり、学校も休まずに登校した。だけどゆうちゃんはやっぱり元気のないようだった。そんな日が何日も、何週間も続き、ようやくいつも通りの表情に戻ってきたと思えた頃。その日、ゆうちゃんは部活動があるので帰りはママより遅いはずだったのに、まだ太陽が元気な時間に帰ってきた。いつもより玄関の開く音が大きい気がした。
ただいまの声はない。その代わりに、バタバタと乱暴な足音がこっちに向かってくる。
ゆうちゃんだけど、ゆうちゃんの音じゃない。そう思うと同時に勢いよく部屋に飛び込んできたゆうちゃんは、目を真っ赤に腫らし、大粒の涙を零していた。
鞄を床に放り投げ、ベッドになだれこみ、ゆうちゃんは声をしゃくりあげながら泣いている。ゆうちゃんがこんなにも感情を露わにするのは久しぶりのことで、小さい頃の泣き方そっくりだ。
ゆうちゃんはふと、ぼくを見た。どきり。目が合うのは久しぶりだ。
するとゆうちゃんは、柔らかな手でぼくを引き寄せ、ぼくに語り始めた。
「アイちゃん、聞いて。実は夏休み明けにね、先輩に振られちゃったの。受験に集中したいからって……」
突然の告白にぼくはびっくりした。夏休み明け、というとゆうちゃんが帰ってきた時に具合の悪かった日だ。本当は振られたショックで具合が悪くなってしまったのだ。その日以来元気がなかったのも、振られたことが受け容れられなかった、ということか。
ゆうちゃんは涙を流しながら話を続けた。続けた、というより話さずにはいられない、感情が止まらない、というような勢いを感じた。
「受験なら仕方ない、私はどうすることもできない、ってずっと思い込もうとしていたよ。陰ながら応援して、受験が終わって、また縁があれば……って。でも!今日見ちゃったの。先輩が女の人と仲良さそうに勉強していたのを。二人きりで!」
「ただの友達かもしれない。でも、明らかに距離が近かったの。先輩もすごく楽しそうに笑ってた」
「私みたいな子供と違って、顔立ちがはっきりとした、綺麗な、女の人。先輩に釣り合うような、大人な雰囲気の」
「きっと私を振ったのだって、受験が理由なんかじゃないんだよ。私に魅力がなかったから……」