というわけで、401号室の入居者は、緑色の河童に決まった。

「よかったですね。お家賃も十万円で納得してくださりました」

 人間の相場からすると、だいぶ高いから心配したけれど。

「その河童、一流企業に勤めてるんだろ? だったらもっと、家賃高く設定しときゃよかったな」

 家賃の振り込まれた銀行の通帳をながめながら、凌真が言う。
 するとすうっとガラス戸が開き、「こんばんは」と例の河童が、暗闇からひょっこり顔を出した。

「あ、河童さん。こんばんは」

 千歳が挨拶すると、凌真が通帳を閉じ、うんざりしたような顔をした。

「お仕事終わったんですか? お疲れ様です」
「千歳さんもお疲れです。これよかったら食べて」

 河童が千歳に差し出したのは、新鮮でみずみずしいキュウリだ。

「いつもありがとうございます。これからお風呂ですか?」
「うん。今日は満月だから、月見風呂だよ」

 河童がにこにこ笑ってから、ちょっと恥ずかしそうにつぶやく。

「もしよかったら、今度千歳さんもご一緒に……なんて」
「え?」
「いやっ、なんでもないよ。冗談冗談、じゃあまた」

 河童がお皿をかきながら、逃げるように外へ出て行った。

「帰ったのか?」

 引き戸がすうっと閉まるのを見て、凌真が千歳に言う。なんだか機嫌が悪そうだ。

「はい。これからお風呂に入るそうです。それからキュウリもいただきました」
「あいつ、なんで毎晩、キュウリをお前に持って来るんだよ。何の用もないくせに。営業妨害だ」

 千歳はくすっと笑って凌真に言う。

「別にいいじゃないですか。他にお客さんいなくて暇なんだし」

 凌真がじろっと千歳をにらみ、千歳はちょっと肩をすくめる。

「だったらもっと客連れてこい! この際、お化けでも幽霊でもなんでもいいから!」

 人使い荒いなぁ……自分はなんにもしないくせに。
 その言葉をごくんと飲み込み、千歳は立ち上がる。そして机の上にあった紙を、凌真の前に突きつける。