「今までそれなりに上手くやって行けたのに、次の日から一斉にクラスの全員から無視された時はショックだったな。たった一回、たった一度だけのケンカで、三年かけて築いてきた人間関係が壊れちゃったんだよ。そんなつまらないきっかけで、全てが崩壊したんだ」
 どこか遠くを見つめるように、御坊君は窓の外を眺めていた。
 その目に宿っている感情をきっと、わたしは知っているはずだ。
「クラスで無視されてる時は、まるで自分が透明人間になったみたいだった。誰もおれを見ようともしないし、話しかけても聞こえないふりをする……いや、それでもこっちを見て、憐れむか馬鹿にするかどちらかの目で見てくるんだから透明人間の方がマシか」
 その言葉は痛い程によく分かる。他人から無視されると言うことは、自らの存在を否定されているように感じるからだ。お前は無価値だ、と告げられてる錯覚すら覚える。
 一年前、自分が置かれていた光景を思い出して、吐き気がこみ上げてくるのが分かる。
「幸運だったのは、それが一年も経たずに終わったことだよ。高校への進学をきっかけに、人間関係をリセットすることができた。そしてわざわざ、地元から遠いこの学校に進学したんだ。ここって偏差値が高いから、死ぬ気で勉強したなぁ」
 当時は勉強でくらいしか気が紛れなかったから、と自嘲するように御坊君は付け加える。
「だから高校生活では、誰からも嫌われないようなキャラを演じてた。付き合いも良くて、誰にでも優しくして、ケンカになりそうだったら自分から一歩引いて……中学の時と同じ失敗をしたくなくて、必死だった」
 苦痛に耐えるように、御坊君は苦々しい表情で呟きを漏らす。
「おれは――僕は変われた。中学の時とは違う、そんな思い違いをしてたんだ」
 心の奥底からの思いを吐露するように、声を振り絞る御坊君。
 わたしの知っている御坊君は男子の中でも中心人物で、彼の周りにはいつもたくさんの人がいた。その光景を見てまるで別世界の人間だなんて思っていたけど、その根底にはそんな想いがあったと思うと胸が苦しくなってくる。
「定家さんがイジメられ始めた時、僕は止めようと思ったんだ。クラスを敵に回した辛さは誰よりも知ってるから、せめて僕だけは味方でいてやりたい。クラスの全員を敵に回しても、定家さんを守ってあげたい……そう思ってた」