FILE:3『不可視の悪意』解答編



◇不可視の悪意:解答編

 ここからの語り部を務めるのは、わたし自身――つまり、定家葛の役目だ。
 この事件は自分自身で決着をつけなければいけない。
 それが事件の〝当事者〟であるわたしの責務だと思うから。
「大丈夫か、カズラ?」
 傍らのお兄ちゃんが、心配そうに声をかけてくる。
 きっと今のわたしは、緊張でがちがちになっているのに違いない。
「ちょっと緊張するけど……お兄ちゃんがいるから、大丈夫」
 精一杯の虚勢を張りながら笑ってみせる。それでもあながち間違いではない。
 お兄ちゃんが隣にいてくれれば、きっとなんだってできる気がした。
「そうか。もうすぐ時間だな」
 教室の時計を見てお兄ちゃんは、ポツリと呟きを漏らす。
 ここは教室――更に詳しく言うなら、久遠寺大学付属高等学校二年E組の教室であり、現在わたしの所属していることになっているクラスであった。
 二年になってからは登校していないので、ここが自分の教室と言う実感は薄いけど。
 わたしとお兄ちゃんは、ここにある人物を呼び出していた。
「……定家、さん?」
 やがて沈黙を破るように、教室のドアが開く音がした。
 そこから入ってきた人物は、教室内にいるわたしたちを見て唖然とした表情を浮かべる。
「……久しぶり、御坊君」
 そんな彼――クラスメイトである御坊黒羽君を見て、わたしは静かに口を開いた。
「おれは蒲公に呼び出されたんだけど……どういうこと?」
 戸惑いながらも、御坊君は苦笑を浮かべながら問いかけてくる。
「蒲公さんには、わたしから頼んだの。御坊君の連絡先を知らないから、代わりに連絡をとって欲しいって」
 正しくはお兄ちゃんを通して、だけど。
 わたしは蒲公さんに彼をここまで呼び出すように頼んだのだ。
「ああ、そうだったんだ……ええっと、久しぶりだね」
 説明には納得するも、まだ状況が掴み切れていない御坊君は、とりあえずと挨拶をした。
「それと……そっちの人は?」
「兄の牽牛だ。今日は付き人で来ただけだから、気にしないでくれ」
「は、はぁ……そうですか」
 視線はやがてわたしの隣にいるお兄ちゃんへと向けられ、御坊君は訝しげに問いかける。
 対してお兄ちゃんは堂々と答えるが、その答えで更に謎が増した御坊君は曖昧に頷く。
「それで――今日はどうしたの? 久しぶりの再会は喜びたいけど、おれになにか用があるんじゃないかな?」
 閑話休題、と御坊君は本題を切り出してくる。
 彼も急に分からないことだらけで聞きたいことはたくさんあるかもしれないけど、ここは話を進めるために言葉を選んでくれたみたいなのがありがたかった。
「うん。そのことなんだけどね……」
 話を切り出しやすくなったところで、わたしも本題を切り出す。
「篝火さんや月下部さん、それから雪ノ下さんの話……聞いてるよね?」
「うん。何だか大変みたいだね……」
 確認するような問いに対して、御坊君は伏し目がちになりながら答える。
 蒲公さんの話では御坊君と篝火さんは付き合っているらしいので、その悲しみはより一層深いものだろう。
「それじゃ――悪実って名前、心当たりはある?」
 そんな彼を見ながらわたしは、一つの問いを投げかけた。
「――――」
 その瞬間、御坊君の顔から一切の表情が消えていった。
 感情の窺えない能面のような表情で、彼はわたしを見ている。
「言い方を変えるね。悪実の正体は――御坊君、じゃないのかな?」
 言い回しを変えて、直接的なことばで御坊君に問いかける。
 わたしは今日、この問いかけをするために、彼をここまで呼びつけたのだ。