◇一年ぶりに学校へ行こう
「なあ、本当に行くのか?」
それから一時間後、俺とカズラは二人揃って玄関に並んでいた。
傍らのカズラへ対し、俺は躊躇いがちに声を掛ける。
「……うん。カズラは本気、だよ」
カズラは顔面蒼白になりながら答えてみせるが、とてもじゃないが大丈夫に見えない。
「無理すんなよ。学校なら俺が行ってきてやるからさ」
「それはダメ。だってこれは、カズラが行かなくちゃいけないんだから」
ローファーを履き終わると、カズラは立ち上がって言う。
悪実のアカウントIDとカズラの関係性が発覚したあと、カズラは学校に行きたいと言い出した。俺も最初は止めたのだが、頑として譲らない姿勢に俺が同行すると言う折衷案で折れることになったのだった。
「麒麟児先生にも、カズラが行くって言ったんだからね」
カズラの目的は生活指導の教師に会うことらしい。
蒲公の話にも出てきた『生活指導宛てに届いたメール』が見てみたいとカズラは言った。
「そう言えばお前の制服姿、久々に見たけどやっぱり似合ってるよ」
「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」
緊張した雰囲気を和らげようと、俺は笑みを浮かべてカズラに声をかける。
学校に行くということでカズラは制服を着ていて、約一年ぶりに見るその姿を見ていると何だか胸が一杯になってくる。お世辞抜きにその姿は世界で一番可愛らしかった。
「それじゃ、行こうか――」
玄関のドアを開けてカズラは、外の世界へと足を踏み出す。
それは約一年の空白を破って、カズラが外界に触れた瞬間でもあった。
「うっ……眩し、い――」
上空で燦然と輝く太陽の光が目に入り、カズラは眩しそうに目を細めて呻き声を漏らす。
「はぁ……はぁ……」
久しぶりの日光を浴びてひるむカズラだったが、それでもまた一歩足を踏み出す。
「はぁ……っ、うぁ――」
しかし僅かに進んだあと、カズラは口に手を当てて地面にへたり込んでしまう。
「大丈夫か! カズラ!?」
へなへなと座り込んでしまうカズラを見て、俺は慌てて駆け寄っていく。
「は、はは……情けないなぁ。大丈夫かと思ったけど、ダメみたい……」
頭を垂らして、自嘲気味に笑うカズラ。
その身体はぐったりとしていて、小刻みに震えてる。
「頑張ってみたんだけど、やっぱりキツいなぁ……」
今にも泣き出しそうな程、カズラの声は震えていた。
「外は怖い、よぉ――」
喉の奥から振り絞るように、カズラの口から細い声がポツリと漏れた。
その声は今にも消えてしまいそうな程に弱々しく、カズラ自身の不安がそのまま表れたようだった。
「大丈夫だ、カズラ」
そんなカズラの姿を見て、俺は静かに言葉を告げる。
震える手をギュッと握って、あやすように優しく声をかけた。
「お前には俺がいる。だから心配するな」
多くの言葉は要らない。ただ怯えるカズラを安心させたくて、ゆっくりと言葉を続ける。
「……うん、そうだったね。わたしには、お兄ちゃんがいるんだ」
溜め込んだものを吐き出すように、カズラは大きく息と共に声を漏らす。
震えは徐々に収まっていき、呼吸も安定していくのが分かる。
「安心しろ。一人じゃ無理でも、俺たち二人がいればどうにかなる」
根拠のない自信を持って、俺はニッカリと笑ってみせる。
俺たちは一人では確かになにかが欠けているかもしれない。
不完全で未完成。未熟で不出来で、発展途上の欠陥品なのだろう。
でも二人揃えば俺たちはきっと大丈夫だ。お互いに足りない部分を補い合って、今までの事件も解決してこれたのだから。カズラと一緒なら今はなんでもできそうな気がする。
「ありがとう。もう大丈夫だよ、お兄ちゃん」
それはカズラも同じだったようで、ぎこちないながらも笑みを浮かべてくれた。
もう心配はない、と俺もそれに応えるように俺も笑いかける。
「立てるか?」
「立てるけど――ちょっとまだ歩くには辛い、かな……」
立ち上がって手を差し伸べると、カズラはその手を取って立ち上がる。
しかしその身体は未だふらついていて、苦笑混じりにカズラは答えた。
「よし、じゃあ駅までおぶっていく」
「うぇぇ!? そ、外で……?」
「歩けないんなら仕方ないだろ。つーか、家の中でもやってたじゃんか」
「い、家の中と外は別物だよぉ……」
そんな様子を見て背中を差し出すと、カズラは戸惑いながら顔を赤らめる。
多少は恥ずかしいかもしれないが、これが一番手っ取り早いので俺としてはこれしかないと思うのだが。
「……うん、分かった」
しばらく考えるように黙るカズラも、観念するように顔を俯かせながら頷いた。
「よし、それじゃ行くぞ」
カズラの軽い身体を背負って、俺は駅に向かって歩き出した。
よほど恥ずかしかったのかカズラは、駅に着くまでずっと背中に顔を埋めたままだった。
「なあ、本当に行くのか?」
それから一時間後、俺とカズラは二人揃って玄関に並んでいた。
傍らのカズラへ対し、俺は躊躇いがちに声を掛ける。
「……うん。カズラは本気、だよ」
カズラは顔面蒼白になりながら答えてみせるが、とてもじゃないが大丈夫に見えない。
「無理すんなよ。学校なら俺が行ってきてやるからさ」
「それはダメ。だってこれは、カズラが行かなくちゃいけないんだから」
ローファーを履き終わると、カズラは立ち上がって言う。
悪実のアカウントIDとカズラの関係性が発覚したあと、カズラは学校に行きたいと言い出した。俺も最初は止めたのだが、頑として譲らない姿勢に俺が同行すると言う折衷案で折れることになったのだった。
「麒麟児先生にも、カズラが行くって言ったんだからね」
カズラの目的は生活指導の教師に会うことらしい。
蒲公の話にも出てきた『生活指導宛てに届いたメール』が見てみたいとカズラは言った。
「そう言えばお前の制服姿、久々に見たけどやっぱり似合ってるよ」
「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」
緊張した雰囲気を和らげようと、俺は笑みを浮かべてカズラに声をかける。
学校に行くということでカズラは制服を着ていて、約一年ぶりに見るその姿を見ていると何だか胸が一杯になってくる。お世辞抜きにその姿は世界で一番可愛らしかった。
「それじゃ、行こうか――」
玄関のドアを開けてカズラは、外の世界へと足を踏み出す。
それは約一年の空白を破って、カズラが外界に触れた瞬間でもあった。
「うっ……眩し、い――」
上空で燦然と輝く太陽の光が目に入り、カズラは眩しそうに目を細めて呻き声を漏らす。
「はぁ……はぁ……」
久しぶりの日光を浴びてひるむカズラだったが、それでもまた一歩足を踏み出す。
「はぁ……っ、うぁ――」
しかし僅かに進んだあと、カズラは口に手を当てて地面にへたり込んでしまう。
「大丈夫か! カズラ!?」
へなへなと座り込んでしまうカズラを見て、俺は慌てて駆け寄っていく。
「は、はは……情けないなぁ。大丈夫かと思ったけど、ダメみたい……」
頭を垂らして、自嘲気味に笑うカズラ。
その身体はぐったりとしていて、小刻みに震えてる。
「頑張ってみたんだけど、やっぱりキツいなぁ……」
今にも泣き出しそうな程、カズラの声は震えていた。
「外は怖い、よぉ――」
喉の奥から振り絞るように、カズラの口から細い声がポツリと漏れた。
その声は今にも消えてしまいそうな程に弱々しく、カズラ自身の不安がそのまま表れたようだった。
「大丈夫だ、カズラ」
そんなカズラの姿を見て、俺は静かに言葉を告げる。
震える手をギュッと握って、あやすように優しく声をかけた。
「お前には俺がいる。だから心配するな」
多くの言葉は要らない。ただ怯えるカズラを安心させたくて、ゆっくりと言葉を続ける。
「……うん、そうだったね。わたしには、お兄ちゃんがいるんだ」
溜め込んだものを吐き出すように、カズラは大きく息と共に声を漏らす。
震えは徐々に収まっていき、呼吸も安定していくのが分かる。
「安心しろ。一人じゃ無理でも、俺たち二人がいればどうにかなる」
根拠のない自信を持って、俺はニッカリと笑ってみせる。
俺たちは一人では確かになにかが欠けているかもしれない。
不完全で未完成。未熟で不出来で、発展途上の欠陥品なのだろう。
でも二人揃えば俺たちはきっと大丈夫だ。お互いに足りない部分を補い合って、今までの事件も解決してこれたのだから。カズラと一緒なら今はなんでもできそうな気がする。
「ありがとう。もう大丈夫だよ、お兄ちゃん」
それはカズラも同じだったようで、ぎこちないながらも笑みを浮かべてくれた。
もう心配はない、と俺もそれに応えるように俺も笑いかける。
「立てるか?」
「立てるけど――ちょっとまだ歩くには辛い、かな……」
立ち上がって手を差し伸べると、カズラはその手を取って立ち上がる。
しかしその身体は未だふらついていて、苦笑混じりにカズラは答えた。
「よし、じゃあ駅までおぶっていく」
「うぇぇ!? そ、外で……?」
「歩けないんなら仕方ないだろ。つーか、家の中でもやってたじゃんか」
「い、家の中と外は別物だよぉ……」
そんな様子を見て背中を差し出すと、カズラは戸惑いながら顔を赤らめる。
多少は恥ずかしいかもしれないが、これが一番手っ取り早いので俺としてはこれしかないと思うのだが。
「……うん、分かった」
しばらく考えるように黙るカズラも、観念するように顔を俯かせながら頷いた。
「よし、それじゃ行くぞ」
カズラの軽い身体を背負って、俺は駅に向かって歩き出した。
よほど恥ずかしかったのかカズラは、駅に着くまでずっと背中に顔を埋めたままだった。