「本当は毎日ね、怯えてた。いつお兄ちゃんに嫌われて、愛想を尽かされるんじゃないかって。だからお兄ちゃんがわたしから離れられないように、罪悪感の鎖で縛ってたの。虚勢を張って、手の掛かる妹を演じて、お兄ちゃんに構って欲しくて……そんな生活を送ってる内にね、不思議と毎日が楽しくなったんだ。わたしは強くなれた気がした」
 カズラには分かっていたのか。俺がどこか罪悪感を抱いて接していたことを。
 世話を焼いていたことだって、その根底には罪悪感がつきまとっていた。
 あの時救えなかった代わりに、大抵の願いは聞き入れてきた。
 それが純粋な愛情ではなく俺にできる唯一の罪滅ぼしだと思っていたが、そんな打算めいた考えはカズラにバレていたのか。
「でもそれってやっぱり、ただの勘違いだったんだね……蒲公さんの名前を聞いた瞬間、頭が真っ白になっちゃった。強くなれたと思っていた自分が、一気に崩れ去っていったのが分かったんだ。結局、わたしは弱いままだった」
 俺が蒲公の名前を告げた時から、カズラの様子はおかしくなった。
 いや、おかしくなったわけじゃない。ただ話し方や雰囲気が〝昔に戻った〟だけだ。
 それはカズラが引きこもり生活で培った、自身や強さが打ち砕かれた証拠だった。
「だから……もう、わたしに構わなくてもいいよ? お兄ちゃんは何も悪くないんだから、気に病む必要なんかないんだよ。今回の件もわたし一人で大丈夫だから」
 ニッコリと笑顔を浮かべて、カズラは柔らかい口調で言う。
 それは精一杯の虚勢であることは明らかで、その証拠にその表情はぎこちない。
 必死に作った笑みを張り付かせ、カズラは身体を震わせていた。
「カズラ」
 だから俺はそっと布団に手を潜り込ませ、震えるカズラの手を握った。
「お、お兄ちゃん……?」
 そんな俺の行動が予想外だったのか、カズラは怯えるような表情でこちらを見る。
「いいか、よく聞けよ」
「う、うん……」
「俺がお前のことを嫌いになることなんて、世界がひっくり返ってもありえねぇよ」
 ごほん、と咳払いを一つして。真剣な表情で俺は告げた。
「どんなことがあっても、俺はお前を信じてる。例えお前が世界を敵に回しても、俺だけはずっとお前の味方だ。お前がどこかに隠れたら、必ず見つけ出してやる。世界で一番、お前のことを想ってるんだ。だからほんの少しだけいい、俺を信じてくれ」