だから今のわたしの世界には、お兄ちゃんと自分しか存在していないのと同義だ。
 それは奇しくも、わたしがずっと望んでいたことだった。
 昔のようにお兄ちゃんとずっと一緒にいたい、そんな願いがどん底に転落してようやく叶った。そんな閉じた楽園を手に入れたわたしは、頑張ることを止めた。
 単位が取れる程度に独学での勉強をする以外、学校のことは極力頭の隅に追いやった。
 駄目なわたしに世話を焼いてくれるお兄ちゃんと、思考を停止させたまま自堕落で停滞した日々を甘受する。それだけでわたしは幸せだった。
 しかし今日わたしは、ずっと目を背けていた現実とついに向き合うことになる。
 そしてわたしは、一つの決断を下すのだった。
 
◇兄と妹の信頼関係 
「――ん、あれ……」
「よう、お目覚めかい眠り姫?」
 暫くするカズラは目を覚ましたらしく、小さく声を漏らした。
「……お兄ちゃん、いてくれたんだ」
「まあな」
 横目でこちらを見て呟くカズラに、俺は口元に笑みを浮かべながら答える。
「……昔の夢、見てたの」
「昔の夢?」
「うん。幼稚園くらいから、高校に入ってからのことまで」
 天井を見上げながら独り言のように答えるカズラ。そう言ったきり、また黙ってしまう。
「なあ、カズラ。聞いてもいいか?」
 それからお互いしばらく沈黙したあと、俺は気になっていたことを尋ねてみることにした。
「どうして蒲公のこと、助けてやろうと思ったんだ?」
 かつては自分をイジメていた相手にも関わらず、カズラは蒲公の懇願を聞き入れた。
 俺からしてみれば、それがどこか理解できなかった。
 カズラは蒲公たちのことを恨んでいないのだろうか?
「正直に言えば、蒲公さんたちのことは……まだ、許せてないと思う」
 そんな問いかけを聞いて、カズラはどこか困ったように笑った。
「今も怖いって思うし、憎んだり恨んだりもしてるかな」
「じゃあ、どうして――」
 たはは、と力なく笑うカズラを見て、思わず強い調子で言葉を続けてしまった。
 許せなければ、自分の中で納得ができるまで許さなければいい。それこそ一生、許さなくていいとも俺は思っている。
 謝られたら許さなければいけない、と言うのはただの綺麗事だ。