「うん……ありがとう、お兄ちゃん」
 部屋を出る瞬間、気休めでしかない気遣いの言葉を投げかける。
 それを聞くとカズラは、力なく笑って答えた。
 こんな時に当たり障りのない言葉しかかけることができない自分に嫌気が差す。
 そして俺はカズラの部屋をあとにするのだった。

◇来訪の理由
「――と言うわけで、悪いけど直接は会えないんだ」
「そう、ですか……」
 一階に降りた俺は客間へと戻り俺は、蒲公にかいつまんで事情を説明した。
 説明を聞いた蒲公の顔には、落胆の色がありありと現れている。
「直接は会えないけど、これで会話はできるそうだ」
「えっと、それって――」
 ノートパソコンを起動させて、ウェブカメラとの接続を行いながら説明を続ける。
「こっちの様子は向こうから見えてるはずだから、これに向かって話してくれ」
 カメラを蒲公と俺の方に向けると、パソコンの画面上にカズラの部屋が映る。
「カズラ、聞こえるか?」
『……うん。聞こえてるよ、お兄ちゃん』
 試しに話しかけてみると、パソコンのスピーカー越しにカズラの応答が聞こえてくる。
「あ――」
 その声を聞いた瞬間、蒲公の目が大きく見開かれていく。
『……蒲公さん、だよね?』
 通信が繋がっていることを確認すると、カズラは蒲公へと話かける。
 カメラにはカズラの姿が映っていて、その強張った声からは緊張の色が感じ取れた。
「えっと、あの……久しぶり」
 カズラに話しかけられると、緊張した顔持ちで言葉を返す。
 表情からは不安や戸惑い、困惑や気まずさ、そう言った複雑な感情が窺える。
『それで……今日は、どうしたの?』
 単刀直入に、カズラは用件について問いかけた。
 そこには久しぶりの再会を喜ぶ素振りや、世間話に興じようとする様子は見えない。
「その、牽牛さんは……」
 ちらり、と俺の様子を伺うように見る蒲公。
 そこにはどこか、気まずそうな戸惑いが見て取れる。
「悪いけど、同席させてくれ。さっきも言ったけど、カズラはまだ本調子じゃないんだ。もしなにか異変があったとき、すぐに駆けつけられるようにしたいから」
 蒲公には悪いが、今もカズラの調子は最悪だと言える。顔は青白く生気が薄れていて、今にも倒れてしまいそうだ。こんな状態のカズラを放っておくわけにもいかず、そうなると同席して様子を見守るのが最善とも言える。