「気持ちを切り替えるか。せっかくの夏休みだしな」
 季節は七月下旬。高校生である俺にとっては、夏休み第一週を迎えていた。
 高校生活最後の夏がついにやって来た、というわけだ。
 とは言っても、そこまでやることも現時点ではまだない。
 夏休み前に出ていたみんなで遊びに行くと言う話も、飛燕が予定を摺り合わせしてから連絡してくれるらしい。
 となればなるべく早めに宿題を終わらせて、それまで受験勉強に専念したいのが本心だ。
「ん……お客さんか」
 パジャマから私服に着替え終わって少し遅い朝ご飯を食べ終わった頃、来客を告げるチャイムが聞こえてきた。
「あ、あの……おはようございます」
 玄関のドアを開けると、そこには一人の女の子がいた。
 年齢は俺と同年代くらいだろうか? 
 明るめに染めた茶髪は先端で優雅にカールしていて、それを耳の後ろ辺りで二つ縛りにしている。一般的にはおさげと呼ばれている髪型だが、この少女には垢抜けた印象を与えていた。服装やメイクもしっかりと決めていて、今時の女子と言う言葉がよく似合う。
「ああ、どうも。おはようございます」
 相手の姿を観察していると、挨拶をされていたことを思い出して慌てて返す。
「ええっと……どちら様でしょうか?」
 とりあえず俺には見覚えのない人物だったので、名前を尋ねてみることにした。
 心当たりはないがもしかしたら、親への来客なのかもしれない。
「アタシは……いえ、私は蒲公英子(ほこうえいこ)。定家葛さんのクラスメイトです」
「え――カズラ、の?」
 蒲公と名乗る少女は、自らがカズラの同級生であると告げた。
 それを聞いた瞬間、俺の頭の中は真っ白になってしまい言葉が出てこなかった。
「はい。定家さんに会いたくて、今日は来ました」
 訪問の理由を告げる蒲公だったが、俺には状況がよく掴めていなかった。
 カズラが引きこもるようになって、およそ一年以上が経つ。
 定期試験のため教師は定期的に訪れてはいたが、その間こうして家にまで訪ねてくる生徒は誰もいなかった。カズラはそのことについて何も言ってはいなかったが、個人的な感想としては酷く薄情だとも思っていた。
 しかし今日、初めてクラスメイトを名乗る人物が訪れたのだ。
「そっか。とりあえず、上がってくれ」
 このまま立ち話をしているのもなんなので俺は、蒲公を客間へと案内することにした。