ただ特例として、定期試験と模試で一定の点数を取れば単位は与えられることになったので、この点は不幸中の幸いか。どうやら、中退という最悪の結果は免れられたらしい。
 カズラの学力はそのまま捨てるに惜しいと学校側も判断したのだろう。煮え切らない学校側の態度に憤りも覚えたが、妹もそれ以上は望まなかったので追求もしなかった。
 こうして定期的に試験監察官として教師が我が家に訪れ、妹は自宅で試験を受けるようになった。今となっては、妹と学校の繋がりはそれだけだ。
 妹は学校が望む成績を提供する代わりに登校を免除され、学校側はそれを対価に特例を認める。本当に呆れるくらい、ビジネスライクな関係だ。
「お兄ちゃん」
 引きこもる前の時。俺たち兄妹が平穏に暮らしていた時の姿でカズラは語りかけてくる。
 優しいカズラ。俺の自慢の妹。誰よりも人の痛みに敏感で、自分より他人を優先してしまう。そんな妹のことが、俺には誇らしかった。
「ねえ、お兄ちゃん」
 カズラは穏やかに笑いながら言葉を続ける。
「どうして」
 どうして、とカズラは問いかけた。
 その言葉を聞いた瞬間、身体が凍り付いたように動かなくなってしまう。
 まるで白痴になってしまったかのように、頭の中が真っ白になっていく。
「どうして、気付いてくれなかったの?」
 それは俺がずっと、目を逸らしてきた事実だ。
 あの時。カズラが引きこもるようになった時、俺は本人が言い出すまでその事実に気付きもしなかった。俺たち兄妹は、昔から仲が良かった。
 学校での出来事も、気軽に話し合えるような仲だと自負していた。
 それなのに俺は、気付いてやることができなかった。きっとそんな自負はただの思い込みで、結局のところは兄という立ち位置に甘えていたのだ。
 妹ならば大事なことを隠さず話してくれる、そんな大きな勘違いをしていた。  
「どうして、助けてくれなかったの?」
 だから俺は失敗した。カズラを助けてやることができなかった。
 妹の言葉にならないSOSを見過ごし、異変に気付くことができなかった。
「わたしはこんなに苦しんでたのに」
 イジメというデリケートな問題は、例え両親にも話すことが躊躇われる。
 だから家において最も側に居た俺が、肉親として一番近しいはずの俺が、そうなる前に気付いてやるべきだったんだ。