FILE:3 『不可視の悪意』出題編



◇浅き夢見し夏の朝

 ――夢を見た。
 それが夢だと分かるのは、目の前にある光景が過ぎ去ってしまったものだからだ。
 一年前、高校に入学してほどなくしてからカズラは体調を崩した。
 当初は本人も風邪でも患ったのかと思ったが、いつになっても体調は回復しなかった。
 心配に思った両親は、医者に妹を連れて行って検診をしてもらった。
 そこで医師から診断された結果は、予想外のものだった。
 ――曰く、カズラの体調不良は精神的なものが原因である。
 頭痛、目眩、吐き気。妹が訴えていた症状は、必ず学校へ登校する直前に発症していた。
 事実、学校に休みの連絡を入れたあと、体調は回復していた。
 しかしまた翌日。今度こそと思ったら症状は再発した。
 これは学校へ登校するということが精神を圧迫し、その拒絶反応が体調不良という形になって現れているのだと医師は告げた。どうしてそこまで学校に行きたくないのか?
 そう尋ねる俺たち家族に、妹は嗚咽を漏らしながら答えた。
「わたし、学校でイジメられてるの」
 それからカズラは、泣きじゃくりながら自らの状況を話してくれた。
 入学してからほどなくして、クラスの女子グループから嫌がらせを受け始めたこと。
 嫌がらせは徐々にエスカレートし、規模はクラス全体にまで広がったこと。
 教師も見て見ぬふりをしていて、もはや誰一人として教室に味方がいないこと。
 俺は妹の身にそんなことが起きていること信じられなかった。
 いつも控えめに笑っていた妹が。
 人を傷つけるくらいなら自分は傷つけられる側でいいと穏やかに微笑んでいた妹が。
 他人を思いやり、それ故に人間関係に少し臆病になってしまっていた妹が。
 俺の最愛の妹が、どうしてそんな目に遭っているのか。
 どうしてこんなに追い詰められるまで、一人で抱え込んでいたのか。
 兄として気付いてやれなかったことに、俺は自分の情けなさを恥じた。
「みんなに、心配をかけたくなかったから……」
 どうして、と問いかける俺にカズラは声を潜めて答えた。
 そんな妹に俺は、どんな言葉をかけてやればいいのか分からなかった。
 カズラが部屋に引きこもるようになったのはそれからだ。
 俺たち家族も無理に学校へ行かせるようなことはせず、本人の意思を尊重した。
 しかし、そんなことは詭弁だ。ただの言い訳にしか過ぎない。
 結局のところ俺たちは、妹にどう接すればいいか分からなくなってしまったのだ。
 精神的に不安定になっているところに、自分たちがそれを悪化させては意味がない。
 カズラのイジメに関して学校にも相談したが、そのような事実はないと一点張りだった。