◇後日談
 今回の後日談。
 それからみんなで打ち上げがてら焼き肉を食べて盛り上がり、二次会のカラオケが終わったあと、少し遅い時間になってから俺はようやく帰宅していた。
「カズラ、ちょっといいか?」
 家に帰るとまずは風呂に入ると、カズラの部屋を訪れることにした。
 自分の部屋へと戻る前に、今日の出来事について一言お礼を言いたかったのだ。
「入るぞ」
 いつものようにノックをすると、返事を待たずにドアを開ける。
 しかし部屋の中の光景が目に入ってきた瞬間、違和感を感じた。
「電気が消えてる……ってことは、寝てるのか」
 カズラはいつも日中に寝て夕方から深夜にかけて活動している昼夜逆転の夜型人間なのだが、いつもなら起きている時間帯だが今日はどうやら寝てしまったらしい。

「おやすみ、カズラ。今日はありがとうな」
 小さく囁くように言葉を呟いて、そっとドアを閉める。
 もし本当に寝ているのなら、起こしてしまいたくはなかった。
「ふぅ……今日は色々とあって疲れたな」
 カズラの部屋をあとにすると、自室に帰ってきた俺は大きく息を吐く。
 今日は目まぐるしい出来事の連続で、少し疲れてしまったのかもしれない。
「俺も寝るか」
 こう言う時は、寝て疲れを取るのが一番だ。
 そう判断すると、布団に潜り込んで就寝しようとする。
「…………」
 しかし、だ。ベッドの方へ視線を向けると、違和感に気付いてしまう。
 布団の部分がなぜか、こんもりと盛り上がっているのだ。
 まるで誰かがそこへ隠れているような――
「……おい、なんでお前がここに居るんだ」
「えへへ、来ちゃった☆」
 勢いよく布団を剥ぐと、そこにはカズラの姿があった。
 怪訝そうに問いかける俺に対し、カズラはこちらを見上げてはにかんでいる。
「来ちゃった、じゃねぇよ。ここは俺の部屋だぞ?」
「殿、布団を暖めておきました」
「お前は豊臣秀吉か。それと今は夏だ」
 カズラはさっと身を引いて、俺が潜り込めるだけのスペースを開ける。
 だがそういう問題ではないのだ。なぜカズラが俺の部屋、それもベッドの中に居るのか。
「妹の添い寝サービスだよっ」
「ほら、退け。俺はもう寝るんだよ」
「見事なまでのスルースキル!?」
 てへっ☆と可愛らしくウィンクをするカズラを俺は構うことなく押し出そうとする。
「お兄ちゃん……そこは『ウヒョッス! こいつは棚ぼたラッキースケベだぜ!!』って喜ばないと、ラノベ主人公失格だよ?」
「え? なんだって?」
「まさかの難聴系主人公!?」
 溜め息混じりに答える俺に、カズラは盛大にツッコミを入れた。
「巷ではJKとお散歩するだけで大金がかかる時代なのに、お兄ちゃんときたら……」
「妹と添い寝なんて、別に喜ぶようなことじゃねぇだろ」
「うわー、地味に傷つくなぁ……そんなにカズラ、魅力ない?」
「いや、お前は可愛いよ。ただ実の妹に欲情めいた感情を抱いちまったら、そいつは間違いなく変態だろ」
「変態でいいじゃん! もっと熱くなれよ!!」
「黙れ太陽神シューゾー」
 押し退けようとする俺に抱きついてきて、どうにかそれを阻止しようとするカズラ。
 どこか必死さを感じさせられる素振りに、俺は一つの問いを投げかける。
「もしかして……怖いのか?」
「ナニイッテルノ、オニイチャン。カズラ、ワカンナイナー」
 目を逸らして、棒読みで答えるカズラ。
 もしかして、と思って尋ねてみたが、どうやら図星だったらしい。
「小さいときも、テレビの心霊特集を観た夜も、こうやって俺の布団に潜ってきたよな」
「……よく覚えてるね、そんなこと」
 そんな妹の姿を見て、思わず昔を思い出してしまった。
 半べそになって『お兄ちゃん、怖いよぉ……』と俺に泣きついてきた光景は、今思うと微笑ましくもある。カズラも心当たりがあったのか、どこか昔を懐かしむように微笑む。
「忘れないよ、お前との思い出は」
「……そっか。えへへ、嬉しいな」
 へらりと笑いながら答えると、カズラはどこか嬉しそうに顔を赤らめる。
 そしてようやく俺は観念して、布団に潜り込んだ。
「いいよ。暑いから今日だけだぞ?」
「お兄ちゃんって、やっぱりチョロいね!(わーい、やった~!)」
「心の声と実際の声が逆になってんぞ」
「大丈夫、チョロいは褒め言葉だから。チョロインとか可愛いし」
「チョロインってなんだよ。あと、お前は壁側に行け。落っこちたら大変だからな」
 もぞもぞと二人して布団の中で蠢いて、ようやく寝る体勢を取る。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ、雑談なら付き合わないぞ。いい加減、寝かせてくれ」
 二人して枕を並べると、お互いの吐息が聞こえるくらい距離が縮まる。
 そんな中、カズラはポツリと言葉を漏らした。
「手、握っても……いい?」
「……ああ」
 カズラの小さな手が、俺の手に触れてくる。
 それを軽く握ると、柔らかい感触が伝わってくる。まるでこのまま握ってしまえば、壊れてしまうような。華奢で不安になってしまうその手を感じ取る。
「大丈夫だ、俺がいる」
 僅かに震えるカズラを安心させるように、もう片方の手でカズラの頭を胸に抱いた。
「……うん」
 どこか安心するように、ポツリと答えるカズラ。
 すると震えはいつの間にか止み、暫くすると胸元から小さな寝息が聞こえてくる。
「おやすみ、カズラ」
 そんな妹の姿を確認すると、俺もやがて眠りに落ちていくのだった。