『もし再生サイクルの〝基準点〟を知っていれば、どの時間帯にどんな音声が再生されているのか、実際に現場にいなくても把握できるよね?』
「つまり何時に再生が開始されたかが分かれば、そこから逆算できるってわけか」
 再生開始の基準点さえ把握していれば、無音が再生されている時を狙って教室に誘導することも可能だろう。そうすればこのトリックはイチかバチかのギャンブルなどではなく、一気に緻密な計算によって成り立っている理知的なものへと昇華する。
『そうなれば、疑うべき人物は……分かるよね?』
「時計を持っていた人間。なおかつ教室に入る前、時間を気にしていた人間――」
 狙ったタイミングで俺たちを誘導するためには、常に時間を気にしている必要がある。
 俺の知る限り今日、時計……具体的には腕時計をしていた人物は、一人しかいなかった。
「……飛燕、か」
 柊や秋海棠は腕時計の類いは身につけてなく、俺も持ってはいない。
 今回のメンバーの中で唯一、飛燕だけが常に時計を確認できる状態だった。
 ――そういや今、何時頃だ?
 二階の廊下を歩いていた際、飛燕はそう言って確かに時計を見ていた。
 それは天文部との時間の兼ね合いを計算していたのが理由だが、他のメンバーに気取られないように再生サイクルを確認していたのかもしれない。
『そう考えると、感じてた違和感にも説明がつくんだよ』
「違和感?」
 そう言えばカズラは最初から、違和感のようなものを感じていたと言った。
『今回の肝試しは、最初の悲鳴……つまり最初に怪談を発見して、アクションを取ったのが全部、飛燕さんだったんだよ。気付いてた?』
 言われて初めて気がついた。確かに言われてみれば、そうだったのかもしれない。
 肖像画の件も、教室の件も、全て飛燕の悲鳴から始まっていた。
『この怪談はどれも人間の恐怖心を利用したトリックだから、じっくりと腰を据えて調査されればバレちゃうから。つまりいかに最初のアクションで対象を動揺させて、冷静な思考を奪うのが絶対条件なんだよ』
 確かにじっくり腰を据えて調査すれば、あのトリックはやがて解明されてしまうだろう。
 だからそうさせないように、出鼻を挫く必要があったのだ。
 肝試しなどの恐怖心を試す集団行動では、誰か一人が恐慌状態に陥ってしまえば、それは他のメンバーに伝播していく。