目を開くと、先程まで上がっていた鍵盤の蓋が降りていることに気付く。質量のある重い物同士がぶつかり合ったような音の正体は、鍵盤の蓋がいきなり閉じたことが原因だったらしい。
「牽牛! 大丈夫か!?」
 いきなりの出来事に飛燕は、慌ててこちらへと駆け寄ってくる。
「……大丈夫だ。流石に驚いたけどな」
 心配そうにこちらを見る飛燕に、溜め息混じりで答える。
 確かに突然のことに驚きはした。しかし、それだけだ。覚悟をしてはいたので、心を揺さぶられるまで動揺はしていない。そしてこれは俺にとって、千載一遇の好機でもあった。
「これがピアノの音の正体か」
 椅子の下を覗き込むと、そこには箱形の機械が置いてあった。
 俺はしゃがみ込むと、それを持って椅子の上に置く。
「オーディオコンポだな」
 コンポとはアンプ、プレーヤー、スピーカーを組み合わせて構築したオーディオシステムのことだ。簡単に言えば、CDやMD、もしくはMP3の音楽データを再生する機械と言えば分かりやすいだろうか。
「これでピアノの演奏を再生してたわけだ」
 鍵盤の蓋が閉まった瞬間、ピアノの演奏は止まっていた。
 そこでコンポの再生ボタンを押すと、先程の続きから演奏が再開された。
 つまりこのコンポに入っていたCDこそが、無人なのにピアノの演奏が聞こえてくる仕掛けだったらしい。
「んでもって……蓋が閉まったのは、これが原因か」
 ピアノの演奏が聞こえたトリックを解決すると、次はひとりでに閉まった鍵盤の蓋に視線を向ける。
「蓋にガムテープで糸が付いてるな……床に落ちているのはテグスか?」
 よく見てみると蓋には、ガムテープが貼りつけられていた。
 そして床を見ると、透明な糸のようなものが落ちていることに気付く。
 その糸を拾い上げてみると、どこか見覚えがあるような気がした。
 おそらくこれは釣りや手芸などに用いられる、テグスと呼ばれるナイロン製の糸だろう。
「なるほどな。テグスを蓋にガムテープで固定して、壁にあるフックにテグスを括り付けてたのか。確かにこうすれば重い蓋も吊せるし、引っ張れば簡単にガムテープが剥がれて蓋は閉まるってわけだ」
 テグスの先端を辿ってみると、それは入り口付近の壁。
 そこに取り付けられていたフックへと括り付けられていた。