「そっか」
 どこか寂しそうな表情を浮かべて柊は答える。その顔には儚げな笑みが浮かんでいた。
 柊の言うように俺たちはきっと、別々の進路を歩むだろう。
 もしかしたら地元から離れて、遠い地で暮らすようになる奴もいるかもしれない。
 だから今年が俺たち全員が揃う最後の夏であり、柊もそれを大切にしたいのだろう。
「俺も同じだよ、柊」
 柊の言葉を肯定する意味を込めて、俺は静かに頷いた。
「だからなんだかんだ、飛燕の奴にも感謝してるよ」
「へへっ、だねぇ」
 秋海棠と一緒に前を先行する飛燕に聞こえないように、俺たちは小声で囁き合った。
 なんだかんだで俺たちは、飛燕に感謝しているのだった。
「まあ、原稿が危なかったら読んでくれ。できる限り協力はするよ」
「ありがと、助かるわ~!」
 俺の申し出を聞くと、柊は申し訳なさげに顔の前で両手を合わせる。 
 一応、何度かヘルプでアシスタントの真似事は経験しているので、微力ながら力にはなれるはずだ。
「まっ、そんなわけでケンゴっちも上手くやりなよ? ねえ、千鳥――」
「なにを上手くやるんだよ」
 ウィンク一つ残して、柊は意味深な物言いと共に飛燕の隣に行ってしまった。
 その最中、秋海棠に何やら耳打ちをしていたようだが、なにを言っていたのだろうか。
 俺はその様子を首を傾げて、不思議そうに眺めていた。

◇秋海棠椿の反撃
「さ、定家君!」
 柊と入れ替わりになるように、秋海棠が俺の隣まで歩いてきた。
「ん……どうかしたか?」
 その表情はどこか強張っているようにも見える。
 上擦った声も緊張しているからなのか。それとも怖がっているのか。
「そういや、さっき柊となにを話してたんだ?」
 先ほどのすれ違い様、確か柊になにか耳打ちされていたように見えたが。
 その内容が何となく気になり、軽い調子で問いかけてみる。
「へ!? べ、別になんでもないよ!」
 秋海棠は俺の問いに対して、首をぶんぶんと勢いよく振って答える。
 薄暗くてよく分からないが、心なしか顔が紅潮しているような気もするが。
「そうか? ならいいんだけど」
「う、うん……」
 特に詮索する必要もないので、この件に関しては追求はしないことにする。
 秋海棠から視線を戻すと、再び前方への警戒に集中することにした。
「…………」
「…………」