「そんなことよりぃ~土曜日はカズラと一緒に、逆境無頼カイヅ一挙放送……しよ?」

 推理を披露した後に一転してカズラは、甘えるような猫なで声で耳元に囁きかけてくる。

 だがその内容は、とてもじゃないが惹かれる要素がない。

「一挙放送って言っても、Blu rayBOXを自主的にマラソンするだけだろ。
ってか、何故にカイヅ。
この間、初期シリーズから見たばっかりじゃねぇか……」

「ククク……倍プッシュだ……!」

 休日にはこうしてよく、カズラの購入したアニメのDVDやBlu rayを夜通しで見てたりもする。

まあ、俺も特に予定がない限りは付き合ってやるのだが……。

 短い時は1クールが約25分×12話~13話くらいで済むが、2クールのアニメだと話数が24話~26話くらいまで増えるので、十時間以上は番組を見ていることになる。

 ちなみにカイヅシリーズは26話を3シーズン分なので、丸一日かかっても見終わらない計算だ。これに実写劇場版も加えると恐ろしい数字になる。

「カズラと一緒に……ざわ……ざわ……しよ??」

「だが断る」

 なおも甘ったるい調子で囁いてくるカズラに対し、俺はにべもなく断りの返事を返した。

「後な、さっきから鎖骨が当たって痛い」

 さっきから鎖骨がゴリゴリと背中に当たって痛かったので、それを止めるように言う。
 本人としては胸をグイグイ押しつけているつもりだとは思うのだが、実際には背中まで届いていないのだ。

「んん~? 
それって、カズラの胸がまな板だっていってるのカナ~??」

「いや世の中には、控えめな胸が好きな奴もいてな……」

「ぶち殺すぞ人間(ヒューマン)!!」

「スイマセンでした」

 煽るように問いかけてくるカズラに殺気を感じた俺は、先ほどの失言をカバーするべくフォローを入れる。
しかし、それは逆にカズラの逆鱗に触れてしまったらしく、迫り来る危機を悟った俺は瞬時に降参の意を込めて謝罪した。
「でも、少なくとも俺は、それくらいが好きだよ」

「もう(はあと)お兄ちゃんってば(はあと)」

 率直な意見を言うと今度はそれがフォローになったらしく、カズラは機嫌を直したのか鈴を転がすような声で呟く。

「よし――それじゃ、カズラも肝試しに参加する!」

「……は?」

 そう言うとカズラはやっと俺から離れて、ぴょこんとベッドから床に降りて宣言した。

 突然の発言に状況が理解できない俺は、唖然とした表情で声を漏らす。

「学校の怪談なんて、この【引きこもり探偵】がズバリ解決してあげるよ!」

 ビシッと人差し指を前に突き出し、不敵に笑いながら得意げに言うカズラ。

 そう言えば前回の事件で柊が言ってた安楽椅子探偵について話したら、俺の考えた『引きこもり探偵』という呼称を痛く気に入ったのか、こうして自ら名乗るようになっていた。

「いや、今回は別にそこまで切羽詰まってないから大丈夫だって」

「遠慮しない、遠慮しない」

「別に遠慮はしてないんだが……」

 キャッチセールスのようにグイグイと迫って来るカズラ。
 どうしてここまで乗り気なのかは分からない。

「それに参加って、まさか学校に行くのか?」

 カズラの言葉を額面通りに受け取れば、学校まで同行して肝試しに参加すると言うことになる。
しかし、カズラは引きこもりだ。
そんなイベント程度で、約一年に渡ってこの部屋に引きこもっている妹が外に出るとは思えなかった。

「そこで秘密兵器の登場なんだよ、お兄ちゃん」

「秘密兵器?」

 意味深な笑みを浮かべてくるりと背を向けて、パソコンの置いてあるデスクを物色し始めるカズラ。
その言葉が何を指しているのか分からず、ただ小首を傾げていた。

「はい、ヘッドセット~!」

 某国民的アニメの青い猫型ロボットよろしくの口調で、カズラはそれを掲げてみせる。

「……それって確か、Skypoとかの音声通話ソフトで使う奴だよな?」

 ヘッドセットとは頭部に装着するマイクロフォンの総称で、一般的にはスピーカーとマイクが一体化しているので装着すれば通話をすることが可能なガジェットだ。

 これをBluetoothなどの無線や有線ケーブルで機器に接続することで、音声を聞いたりこちらの発言を相手に伝えて、インターネットの回線を通しての会話をすることができる。

「これを使えば、カズラもそっちも様子が分かるよね? 
映像に関してはお兄ちゃんの携帯のカメラを使えば見られるし」

「まあ、確かに不可能ではないけどな……」

 このヘッドセットを携帯に接続し内部カメラとも連動させれば、カズラはこの部屋に居ながら現場の状況を把握することができる。
しかしここに来て、疑問に思うことがあった。

「どうして今回は、そんなにやる気なんだよ?」

 前回の『路地裏の亡霊』の件では、ここまでのやる気は見せていなかった。

 なのにどうして今回に限って、ここまで強引に介入してこようとするのだろうか?

「お兄ちゃんが困ってるんだから、それを助けたいと思うのは妹として当然だよ!」

「そうじゃないだろ?」

「肝試しみたいな青春イベントに乱入して、とにかくリア充共を駆逐したいです……!!」

「そうだ、それでいい」

 いや、それでよくはないんだが。

 完全に私怨でしかない動機を聞くと、俺は呆れ気味に溜め息を吐く。

「ダメだ、諦めろ」

「え~、どうしてもダメ……?」

「ああ、今回ばかりはダメだ」

 きっぱりと答えると、獲物を屠る狩人みたいな顔をしていたカズラは、不満そうに表情をしかめる。

 今回の件は俺だけでなく、みんなが参加するイベントだ。
なので俺の一存で簡単に首を縦に振るわけにはいかない。