◇カズラ参戦

「ふーん……そっかぁ。お兄ちゃん、肝試しするんだぁ……」

 いつもの日課である今日の出来事を語り終えると、カズラはどこか不機嫌そうに呟きを漏らした。

「それもクラスの女の子二人と行くんだぁ……ふーん……」

「と言っても、飛燕も一緒だけどな」

 今日のカズラはコアラのように、両腕を首元に回して俺の背中に抱きついているのでその表情はこちらからは覗えない。

 ただ、妙にネットリとした言い回しには、少しばかり毒を感じるような気がする。

「でも、肝試しだよね? 
ギャルゲだと確実にフラグ立てのイベントだよね?」

「お前は肝試しを何だと思ってるんだ」

「リア充同士が怪談や幽霊をダシにして、合法的にキャッキャウフフするイベントのことでしょ? 
カズラ、知ってるもん!」

「偏見にまみれた回答をありがとう」

「カズラは『やっべ、肝試しとか女子と仲良くなるチャンスじゃん! 楽しみぃ!』とか浮かれてる人間が、『あ、うん……特に何にもなかったわ(小並感)』って帰ってくるメシウマ展開を期待してるの! 
それ以外は許可しないィィィィ――ッ!!」

「イルーゾォか、お前は」

 完全にひがみというか、言いがかりだった。

 それと何でそんなマイナーなネタをチョイスするのか、我が妹ながら分からない。
「だいたいね、それって要するに吊り橋効果でしょ? 
生命の危機によって感じてる興奮を恋愛感情と勘違いしてるだけだよ?? 
断じて恋とか愛じゃないからね??」

「身も蓋もねぇな、おい」

「そう言う時に成立したカップルなんて、少し経ったらあっさりと破局して『彼氏とゎかれた。。。ちょぉ大好きだったのに。。。ゥチのことゎもぅどぉでもぃぃんだって。。。どぉせゥチゎ遊ばれてたってコト。。。。もぅマヂ無理。。。リスカしょ。。。』って鬱な書き込みをする関の山なんだよ!」

「コピペじゃねぇか」

「リア充の繁殖はぁ……グズッ……我が家のみンドゥッハッハッハッハッハアアアァァ! 我が家のみンゥッハー! グズッ我が家のみならずぅう! 日本……日本人の問題やないですかぁ……命がけでッヘッヘエエェエェエエイ! この日本ンフンフンッハアアアアアアアアアアァン! アゥッアゥオゥウアアアアアアアアアアーゥアン! コノヒホンァゥァゥ……アー! 世の中を……ウッ……ガエダイ! アァアン! アダダニハワカラナイデショウネエ……」

「不謹慎ネタは止めろ」

「……??」

 ツッコミを入れるとカズラは、両耳に手を当てて惚けた表情を浮かべる。

 確かに吊り橋効果と言われてしまえばそれまでだが、少年少女の夢を壊してはいけない。
 それに今回はそう言うことが目的なわけではない。

「だいたい怪談なんて、タネが分かれば大したことはないんだよ」

「まあ、そうなんだけどな」

 前回の『路地裏の亡霊』がそうだった。

 偶然の積み重ねによって起きた出来事が人間の恐怖心によって脚色された結果、誤った事実として拡散してしまう。
それを聞いた人間が更に話を大きくしてしまい噂となるのだ。

「例えばさっきの話にも出てきた『水道から黒い髪の毛が出てくる』って話あったよね?」

「あれも作り話の類いの話だろ」

 常識的に考えれば、水道から髪の毛が出てくるなんてことは考えづらい。

 自分の髪の毛が知らないうちに落ちて流れていた、と考えればあり得るかもしれないが。

「いや、水道から実際に、出てきたこと自体は事実だと思うよ」

「本当に髪が出てきた、って言うのか?」

 しかしカズラは、怪談を肯定するように答える。

「ううん、それはちょっと違うかな。
確かに水道から髪の毛に似たものは流れてきたんだけど、きっとそれは髪の毛じゃなかった」

「じゃあいったい、何なんだよ?」

「多分、羽毛かな。カラスの」

「カラス?」

 どうしてここでカラスが出てくるのか分からず、首を傾げて問いかける。

 カズラはそんな俺を見て不敵に笑い、試すように尋ね返してみせた。



「学校の水道の水って、どこから配水されてるか知ってる?」

「そりゃ、水槽……って言うか、貯水タンクだろ」

 そんなことは、俺でも知っている。

 学校の屋上に貯水タンクが備え付けてある、なんて話はよく見知った話だ。

「うん、そうだね。
カラスの羽毛は、貯水タンクから流れてきたんだよ。
昔のタンクの作りって、今と比べたら甘かったから何かの拍子でカラスがタンクに入り込んで、そこで死んで腐ったカラスの身体から抜け落ちた羽根毛、それが髪の毛の正体だったんだよ」

「なるほど……でも髪の毛よりも、腐ったカラスの混じった水をガブガブ飲んだり顔を洗ったりしてと思うと、そっちの方がずっと怖いかもな……」

 確かにそういう説明ならば不可解な怪談にも納得がいく。

 しかし、カラスの死体が沈んでいる水を想像すると、そちらの方が不気味にも感じる。