「ふっふっふ……そんな心配は無問題(もーまんたい)よ」

 そこら辺に疑問を尋ねてみると、飛燕は不敵に笑いながら答えた。

 チッチッチと人差し指を振って言うものだからウザさが増している。

「実は天文部とは交渉済みなのだよ。
肝試し当日に屋上で、天文観測の予定を立ててもらう手はずになってるんだな、これが」

「なるほどな……そうすれば玄関の警報システムも、宿直の教師の問題はクリアできるな」

「相変わらず、妙な悪知恵だけは働くわね」

「でもそれなら、確かに大丈夫そうかも」

 既に根回しは完了しているようで、そんな手際の良さに呆れながらも同時に感心する。

 柊もどうやら同じことを思っていたらしく、やれやれと肩を竦めていた。

 秋海棠は苦笑混じりに、このプランの有用性を肯定するように頷く。

「百歩譲って俺は構わないが、柊と秋海棠はどうなんだ? 
俺たちがいるとは言え、夜に女子を連れ出すのは賛成しないぞ」

 前回の亡霊騒ぎでも秋海棠は、乗り気ではなかったことを踏まえて問いかける。

 今は物騒なご時世だ。
 万が一、と言うことがあるかもしれない。

「なーに言ってんの。
夜って言っても、流石に学校に行くだけなら大丈夫よ」

「いや、万が一って可能性があってだな……」

「もー。
ケンゴっちって、こういうところで妙に過保護よね?」

「そうか? 自分じゃ特に自覚はないんだが……」

 柊は軽い調子で笑うと、からかうように言う。

 その指摘を受けて俺は、咄嗟に答えることができずに黙り込んでしまった。

 もしかしたら俺は、臆病になってしまっているのかもしれない。

 世界でたった一人の妹を自らの慢心で助けてやれなかった失敗を悔いて、同じように大切な友人に何か取り返しのつかないことを恐れている。

 そんな自分勝手な思惑に気付いてしまい、自己嫌悪の念に駆られる。
「ま、何かあったらケンゴっちが守ってくれるんでしょ?」

「ふっ……牽牛なんかよりもこのスーパーイケメン快男児、千鳥飛燕がアナタをお守りいたしますよレディー?」

「よしメイン盾きた! これで勝つる!」

「盾扱いかよ!? 
俺を壁役にして逃げる気満々じゃねぇか!」

 柊はそんな俺を見てふふんと悪戯っぽく笑い、それに対して飛燕も乗っかるように冗談交じりに言葉を続ける。
 いつもの漫才のようなやり取りに安堵すると、俺は秋海棠を見る。

「秋海棠は大丈夫なのか? 
無理はしない方がいいぞ」

「はぅ! え、あ、私……!?」

 突然、話を振られて驚いたのか、秋海棠はあたふたと挙動不審になりながら俺を見る。

「わたしは、その……ナンちゃんも一緒だから、大丈夫かな!」

「そうか、それならいいんだけど」

 あはは、とどこか取り繕ったような笑みを浮かべながら秋海棠は答える。

「それに――」

 そして、秋海棠は俯きがちになりながら、ボソッと呟きを漏らした。

「定家君も一緒……だから」

「俺がどうしたって?」

 最後までよく聞こえなかったが、とりあえず俺の名前が出てきたのは分かったので、その意味を尋ねるために小首を傾げながら問いかける。

「え――べ、別になんでもないですよ!」

 秋海棠はどうやら無意識の内に呟いていたらしく、俺の声でハッと我に返った。

 そして羞恥に顔を紅潮させ、ぶんぶんとダイナミックに手を振って答える。

 何故か敬語調になっている辺り、混乱しているのが見て取れた。

「私も何かあったときは、定家君に守ってもらうから大丈夫だよ!」

「へ?」

「あ……やだっ、私……何言って――」

 秋海棠は目をグルグルと回して、と言う表現がぴったりなくらい混乱していた。

 そんな秋海棠に俺は、苦笑混じりに答える。

「まあ、過度な期待は禁物だけど……その、頑張るよ」

 そこまで頼りにされても困るが、最低限の責任は果たせるように努力はするつもりだ。

 飛燕の奴もなんだかんだで頼りにはなるしな。

「――へ? うぇ??」

 秋海棠はそんな俺の言葉が予想外だったのか、目をパチパチと瞬かせて呆然とする。

「よーし! 
んじゃ肝試しは今週の土曜日に実行、って感じでいいな!?」

 そこで話はまとまったと、飛燕がパチンと手を叩いて確認を取る。

「俺は特に予定はないから構わないぞ」

「あたしも大丈夫」

「うん。私も平気かな」

 飛燕の言葉に俺たちは頷いた。

 偶然にも予定が合ったらしく、日程も満場一致で決まったらしい。

「よーし、今から当日が楽しみだな!」

「こういう場合、楽しみって表現はあってるのか?」

 意気込む飛燕を見ながら俺は苦笑混じりに呟きを漏らす。

 こうして、俺たち四人による肝試しが決行される運びとなったのだった。