「だって、『路地裏の亡霊』の正体は、廃ビルの犬なんだから」

「は……?」

 予想もしなかった答えに、思わず呆けたような顔で言葉を漏らす。

「いやいやいや……ちょっと待てよ」

 しかしその解答を受け入れるためには、大きな疑問を解消する必要があった。

「どうして廃ビルの犬の鳴き声が、あの路地裏まで聞こえるんだよ?」

 廃ビルから路地裏までは数㎞の距離がある。
 常識的に考えれば、そこまで距離があれば鳴き声は届かない。

「その疑問を解決してくれるのが、この排水管だよ」

 カズラはそう言うと、マウスのカーソルを廃ビルの壁部分に合わせる。

 そこには剥き出しになっている電気のコードや、水道管。
 
 それに――

 ぽっかりと口を開いている排水用の太いパイプがあった。

「この廃ビルは工事途中で放置されているからか、壁に電気コードとかと一緒に排水管も剥き出しになってるよね? 
その排水管を通った鳴き声が、路地裏の排水溝まで伝わってきたんだよ」

「あ……そういうことだったのか」

 その説明を聞いて、全ての疑問が氷解していく。

 鳴き声が変質してしまったのも、こうして排水管を伝わった際に反響したからだろう。


「廃ビルに犬がたむろし始めたのと亡霊騒ぎの噂が立った時期は、ほぼ同時期みたいだね」

「なるほど、時期的にもピッタリってわけか……つまり廃ビルに犬が住み着いたから、『路地裏の亡霊』は現れるようになったってことだな」

「それとお兄ちゃんが出かけてる間にちょっと調べて見たら、昔にも少しだけ路地裏に亡霊が出た時期があったみたい」

「昔にも?」

「あの廃ビル、昔は近所の子供の遊び場だったみたい。
当時はきっとそこで遊んでた子供の声が、排水管を伝わって路地裏まで響いてたんだろうね」

 初めて聞く情報に、思わず尋ね返してしまう。
 カズラはどうやら俺が言質に赴いていた間も、今回の件について調べていたらしい。

「ある時を境に廃ビルには入らないように学校から指導があったみたいで、それを境に亡霊騒ぎも収まったみたい」

「それで最近になって野良犬が居着いたせいで、亡霊がまた復活したわけか」

 カズラの推理を裏付けするような情報を聴いて、俺は大きく息を吐く。

 ここまで来れば、もはや疑う余地はないだろう。
 一度は沈着した亡霊騒ぎも、廃ビルに野良犬が住み着いたことで再発してしまったのだ。

「つまり――」

 カズラの推理によって、『路地裏の亡霊』の正体がここに明かされた。

「『路地裏の亡霊』の正体は廃ビルにたむろした犬の鳴き声が排水管を伝わって、路地裏まで聞こえていた……ってことか?」

「その鳴き声を通行人の人が聞いて、幽霊か何か勘違いしちゃったんだね」

 タネが割れてしまえば案外、現実はあっけないものだ。

 亡霊などは最初から存在せず、様々な偶然と勘違いが積み重なり、その結果として『路地裏の亡霊』は誕生した。
 その様子はどこか信仰の類いにも似ているような気がする。

 ただの木や石でさえ信仰と言う服を着せれば、ご神体として崇められる。

 要は元が何気ないものだとしても、受取手の解釈によってはまったく別の意味合いを持ってしまうことがある。
 今回の場合も、噂が尾ひれを付けて一人歩きしてしまった結果だろう。

「これで《Q.E.D.(証明終了)》だよ、お兄ちゃん」

 最後にカズラは芝居がかった調子で、ウィンクをしてそう締めくくった。

 こうして『路地裏の亡霊』の正体を解き明かした我が妹に、ただ脱帽するしかなかったのだった。