◇亡霊の正体

「――で、結局は何もなかったの?」

「ああ、そうなんだよ」

 家に帰ってデジカメを返すためにカズラの部屋に寄ると、俺は事の顛末を説明した。

「ふーん……そっか。
残念だったね、お兄ちゃん」

 カズラは俺の撮ってきた廃ビルの写真を確認すると、メモリーカードをパソコンに接続してデータを早速アップロードしているようだった。

「まあ、これで亡霊なんていないって分かっただろ」

 カズラは残念と言ったが、俺としては幸いと言ってもいい。
実際に心霊現象などに遭遇せず、『亡霊なんていないと証明する』と言う当初の目的は果たせたのだから。

「んー、本当にそうかなー」

「どういう意味だ?」

 ディスプレイを見ながら呟きを漏らすカズラへ、俺は怪訝そうに問いかける。

「だって……幽霊が出なかったのは確かだけど、それが幽霊はいないって言う証明にはならないでしょ? 
もしかしたら今日はたまたま出なかっただけかもしれないし、明日からはまた出るかもしれない。
正体やトリックを立証して論理的に証明をしない限りは、根本的な解決にはなってないんじゃないかな」

 カズラの言葉は正論だ。
 結果的には今日だけ、亡霊は出現しなかっただけかもしれない。

 そもそも一人の時にしか出ないかもしれないし、何らかの法則性があるのかもしれない。

 そんな状態で『路地裏の亡霊』はいない、と断定するのは説得力に欠けるのが現実だ。

 飛燕も口ではもう大丈夫とは言っていたが、実際はまだ不安なのかもしれない。

「かといって、俺には謎解きとかは無理だぞ……」

 一応、現場は注意深く観察していたつもりだが、おかしな点はまったく感じなかった。

 何らかのトリックがあるのかもしれないが、少なくとも俺には分からない。

「これが現場の写真だよね?」

 カズラはメモリーカードの中身を読み込ませると、ディスプレイに俺が撮ってきた路地裏の写真を表示させる。

「見た感じは……普通の路地裏、だよねー」

 カチカチとマウスをクリックして、次々に画像を表示させていく。

 代わる代わる表示されていく路地裏の風景。
 俺もカズラの隣でそれらを改めて確認していくが、やはりおかしな点は見受けられない。

「――んん? お兄ちゃん、ちょっといい??」

 そんな中、カズラは一つの写真を見ると声を上げる。

 ディスプレイに表示されていたのは、飛燕が実際に『路地裏の亡霊』に遭遇したと言っていた場所付近だった。

「その写真がどうかしたのか?」

「ここについて、飛燕さんは何か言ってた?」

「ああ。昨日はそこら辺で『路地裏の亡霊』に遭遇した、って言ってたな」

「どうして、そう言えるのか理由も言ってた?」

 その写真を前後の写真と見比べながらカズラは問いかける。

 俺は飛燕から聞いたまま、その問いに対して答えた。

 カズラは真剣な表情になると、更に質問を続けてくる。

「えーと……確か“目印”があったから覚えてる、って言ってたな」

「目印?」

「ほら、そこの壁際にゴミ箱が置いてあるだろ? それがあったから覚えてた、って」

「…………」

 更に続けられた問いに答えると、カズラはそれ以上口は開かずにディスプレイを凝視する。
 そして暫く沈黙した後に、ポツリと呟くように言ったのだ。

「カズラ――亡霊の正体、分かったかも」