父は盛んに後ろを気にしているけれど、それの存在には気づいていないようだ。

……もしかして見えていないのか。

「ええいっ、お前が不甲斐ないせいで頭痛がしてきた! 稽古はまただ!」

「……はい」

父は来たときと同じで、乱雑な足音を立てて去っていった。
急いで手ぬぐいへ口の中に溜まった血を吐き出す。
案の定、砕けた歯も一緒に出てきた。

「あれはいったい、なんなんだろう……」

もうそこに、それの姿はなかった。
もしかしたら父に着いていったのかもしれない。

「どっちにしろ、助かった……」

ばたんと畳に倒れ込む。

父は僕を帝国軍人にするつもりだ。
実際、つてを頼ってこの春から士官学校へ入学することになっている。

けれど僕は――それが嫌なのだ。