「いや、ごめん。俺もスピード出してたから」
「本当に気にしないで、ちょうどスマホ変えたいなって思ってたの」
「それならいいけど……連絡先とかちゃんとバックアップ取れてたんか?」
「うん、クラウドに入ってるから大丈夫だよ」

 美月は星夜を安心させるようににっこりと微笑んだ。スマホのマップを頼りに歩いていたからそういう意味では不便だが、それ以外は特に困ることもない。
 そんな美月の様子を見て、星夜はホッとしたようだ。

「お前の家この辺なん? お詫びじゃないけど、送ってったるわ」

 荷台付きのママチャリに乗る星夜は、後部の荷台をぽんぽんと叩きながら美月にそんな提案をした。

「ううん、私の家はもっと北側なんだけど、今から平等院に行ってみたいなって思っていたところだったの」

 そう言って、いつもの癖でポケットからスマホを探るような仕草をする。けれどもちろん、そこにスマホはない。壊れてしまって役に立たなくなったスマホはスクールバックの中に入れたのだから。
 マップに頼っていた美月は、スマホがなくとも目的地はもうすぐだろうと知っていた。スマホが壊れる前に見たマップが、すでに頭の中に入っている。

「なんや、じゃあすぐそこやん。それやったら俺が送ったるわ」
「あ、いや……」

 すぐそこなんだったら歩いて一人で行けるからって言いたかったのだが、星夜は自転車の方向を変えて、親指で荷台を指差した。

「ほら」

 どうしたものか、と考えあぐねいた結果、折れる様子のない星夜を見て、美月は遠慮がちに横向きで荷台に座った。

「じゃあ、よろしく」
「おう」

 ペダルがギギッと小さく悲鳴を上げた。自転車のペダルの奥が錆びついているのかもしれない。使い古されたようなママチャリの荷台に乗りながら、ぬるい風を受けて、美月はそっと瞼を下ろした。

(夏の匂いがする)

 けれどそれももうすぐ終わる。燃える炎と同じように、最後の残り火を必死になって燃やしているような、そんな風に思える夏の最後を感じながらも美月は、名前もろくに覚えていないクラスメイトと共に平等院へと向かった。