「いえ、いつもではないんですが、なるべく作るようにはしていて……」

 一度家についてからスーパーに買い出しに行こうと考えていたが、そのこともすっかり忘れていた。冷蔵庫を開けてくまなく中身を確認する。

「何作るん?」

 美月の背後からひょっこり顔を出したのはタカだ。顔だけ見るとどっちがどっちか見分けがつきづらいが、タカは少し骨ばったような体つきをしていると美月は観察していた。

「えっと、カレーにしようかと。ベタですが」
「カレーいいやん! うち好きやでー」

 ビョンと飛び跳ねるように立ち上がって、コウも美月のそばにやってきた。

「なんか手伝おか?」
「あっ、大丈夫です。ゆっくりしていてください」

 初対面の人物に遠慮し、美月はそう言いながら棚の中から米びつを取り出し、炊飯器の中の釜で米を洗い始めた。
 けれど、そんな美月の言葉に納得していない様子のコウは、さらに食い下がる。

「いやいや、これから一緒に住むんやから手伝いくらいするでー……タカがな」
「なんでやねん。お前もせーよ。ってか、むしろお前がせいよ。僕の分までせいよ」

 いがみ合って言う二人の会話を横目で聞いていると、静かに米を洗っていた美月は思わず吹き出した。

「あはっ」

 そんな風に笑い声をあげたのと同時だった。出てきたのは笑い声だけではなく、美月はなぜか涙も溢れでてきてしまった。

「えっ?! なんで!」

 二人が慌てた様子がおかしいのに、美月の瞳はどんどん涙に濡れていく。

「ごめんなさい。あれ、なんでだろう?」

 泣きたいわけではないし、泣くシーンでもない。それなのに、美月は涙を止められずにいた。拭っても拭っても流れてくる涙は、完全に涙腺が壊れてしまっている。

(私、変だ。なんでこんなタイミングで涙なんて……)

「なんやー、泣きたいならうちの胸貸したるわ」

 よしよしと頭を撫でながらコウは美月を抱きしめた。

「ほらあれやん。やっぱコウがいらんこと言うから。コウにいじめられたら真っ先に僕に言うんやでぇ」

 タカもそう言って、美月の頭を撫でている。そんな温かい手に、美月の涙はなかなか止まりそうにない。

(ああ、そっか。そうだった)

「……私、兄弟が欲しかったんです。年上のお兄さんかお姉さん」

(だからかもしれない。二人といると心地良いって思う自分がいるんだ。だから二人には初対面なのに、お母さんとのことも話そうと思えたのかも……)

「ほんなら両方ここにおるやん。うちめっちゃ良いお姉ちゃんやと思わんー?」
「えっじゃあ僕はお兄ちゃんかぁ」

 二人がまじまじとそう言う中、美月も泣きはらした顔でまじまじと二人を見つめた。

「えっ、じゃあコウさんは女性で、タカさんは男性だったんですね……?」

 なんとなくコウはどこか女性らしい体つきをして、タカの方が筋肉質な体だと思っていた。だが、Tシャツにジーパンで、二人とも同じ身長差、同じロングの髪、そして同じように細身だ。顔つきもすっと筋の通った鼻に、大きな瞳。どちらも美人顔。普通に見れば男女の区別がつきにくい。
 美月がやっと一つ疑問が解消できたと思っていた矢先、コウはニヤリとほくそ笑んだ。

「どうやろなー? それは確かめてみんとわからんでー?」

 コウのその言葉に、タカもニヤリとほくそ笑んだ。

「せやなぁ。何事も一回クリアにしよか。せっかくやし、裸の付き合いしてみんとあかんわなぁ」
「裸!?」

 さすがの言葉に、美月は飛び跳ねた。驚きから涙も一瞬で止まってしまったほどだ。

「冗談やん。ちょっとちょけただけに決まってるやんー」
「ちょける?」
「ふざけただけってことやなぁ」

 関西の言葉は思っていたよりも覚えることが多そうだ、と美月は思った。