「まぁ、だからしばらく涼しくなるまではここに脱走……じゃない、居候させてもらうことにしてん」
「そう、だったんですね」

 美月はちょっと考え込むような表情をした後、確かめるようにゆっくりと口を開いた。

「私の父は玲子さんと再婚していますが、私の母は再婚はしていないのですが、彼氏がいます。母は恋愛体質と言うか、男性依存が強い人間なので、それできっと父ともうまくいかなかったんだと思います」

 幼い頃の美月の記憶では、いつも母親の美希は祐一の後を追っていた。例え美月が美希の注目を浴びたくて勉強や良い子を演じたり、逆に悪さをしたりしても、美希は美月ではなく祐一を見ていた。
 今日は何時に帰ってくるだとか、遅くなった日は何をしていたのかとか。子供の頃の記憶だからかおぼろげなところがたくさんあるが、きっと束縛も激しかったのかもしれない。社会に出て、仕事をしている男性に対してそれだ。普通は重すぎて耐えられないだろう。

「母は私を産んだのは、父との繋がりのためだと言っていました」

 離婚後、祐一が家に顔を出さなくなった後、美希は毎日泣いて、美月にそのことを聞かせていた。幼い美月にとって、その事実はあまりにもショックだった。食事も喉を通らなくなるほどに。
 けれどそんなことにすら美希は気づきもせず、彼女は育児を放棄した。

「父は養育費だけ送ってくれていたようですが、母に彼氏ができた後は家にいつも彼氏が住んでいました。私は彼が嫌いだったけど、長くは続かず、次は家にあまり帰ってこなくなりました。それの繰り返しで……ってこんな話、重くて引きますよね……?」

 思わずハッとして顔を上げると、美月の目の前で二人は笑いもせず、かと言って哀れむ様子もなく、黙って美月の話に耳を傾けていた。
 あんなに話好きで、口から生まれてきたんじゃないかと思えるほどの二人が、美月の話に口を挟まずにいたのだ。

「なんて言うか、僕らもそれなりにいろんな人見てきたけど、ほんまに色んな人おるなぁ」

 タカはそう言った後、窓の外に視線を投げた。その視線を追って、美月も窓の外を見やると、外はすっかり闇に飲まれていた。

「あっ、しまった! 夜ご飯作らなくちゃ」

 時計を見ると、針は六時を回っている。祐一は定時に仕事が終わっていれば、六時だ。その後まっすぐ家に帰ってくれば七時過ぎには家に着く。

「えっ、美月ちゃんがいつも作ってんのー?」

 慌てて席を立ち、キッチンへと向かう美月の背中に向けてコウは感心した様子でそう言った。