◇◇◇


「……どうしたんですか?」

 ダイニングの扉を開けてみると、すぐ隣にあるカウンターキッチンから二人が顔を覗かせた。けれど問題はそのカウンターキッチン内が水浸しだった。

「いやぁ、お湯沸かそうとしてたんやけど、そしたら話に夢中になって熱々のやかんに腕当ててしまってん」
「えっ、火傷しなかったんですか?!」
「びっくりしただけで大丈夫やったわ。でも、やかんひっくり返してしてもーたから周り水浸しなってしもたぁ……」

(なるほど、これはお湯なのか)

 床にこぼれた水を見て、美月はさらに心配になった。

「お湯をかぶったのですか?」
「ううん、二人ともそこは反射神経良かったから、不幸中の幸いやったわー」

 ははっと笑っているが、明らかにコウの服が濡れている。

「でも服が濡れていますが……?」
「ああ、これはお湯沸かす前にやかんひっくり返してもーてんー」

 美月は良かったと思ったらいいのか、心配したらいいのかわからなくなって、とにかく脱力してみせた。

「とにかく、お二人はそこを動かないでくださいね。私拭くもの持ってきますので」
「ありがとーなー、みっちゃん」

 濡れた床を拭くタオルを取りに向かおうとしていた美月の足が、ピタリと止まった。

「なんやねんみっちゃんって」
「美月やからみっちゃん。かわいないー?」
「いやいや、どう考えても馴れ馴れしいやろぉ」

 タカとコウがそう言い合う間にも、美月は足を止めたまま微動だにせず、口元だけを動かした。

「……その呼び方、やめてもらえますか?」

 一瞬でシーンとその場が静まり返った。美月のそんな様子を見て、みっちゃんと言い出したコウが謝ろうと口を開いたが、コウの言葉を聞く前に美月がこう言った。

「タオル取ってきますね」

 そう言って、ダイニングを後にした。
 そんな美月の後ろ姿を見送りながら、タカがコウの脇腹を肘で小突く。

「ほーら言うたやん。コウやっぱあれ、馴れ馴れしすぎやって。うちら会うの初日やで。もっと距離ってもんがあるやんかぁ」
「そんなん言うたかて、そないに怒ると思わんやん。だってあだ名やし、別に変なあだ名つけたわけちゃうしー……」

 言いながらもコウは少し心配そうに、美月が出て行った扉をちらりと見やる。口ではそう言っても、やはり罪悪感があるのだろう。

「でも、やっぱタカが言うように、距離縮めすぎたんかなぁ。今時の子はグイグイ来られるん好きちゃうかもやしなー。美月ちゃんは特に関東の方から来とるから、ノリちゃうし」

 そうこう言っているうちに、美月はタオルを二つ掴んで戻ってきた。