「せやろ。美味しいねん」

 かっかっかと笑いながら、美月の反応を見て満足したように星夜の祖母はレジの横に立てかけていたうちわを取り、顔を扇いでいる。

「染野くんはお蕎麦食べないの?」

 気がつけばとっくに素麺を食べ干した星夜を見て、そんな疑問を投げかけた。すると星夜はグラスの水まで飲み干して、背中を椅子の背もたれに預けた。

「茶蕎麦はお客さんに出す商品やからな。うちのモンは基本食べへんねん」
「あっ、そうなんだ……」

 それもそうか、と思ったと同時に、美月は少し申し訳ない気持ちになった。お客さんに提供するものを食べさせてもらってるのだ、やはりお金は払うべきだろうと決意しながら。

「ってか、お金はいらんで。オカンらがそうゆーてたやろ」

 美月の態度からなんとなく雰囲気を読み取った星夜は、スマホに視線を落としながらそう言った。図星を突かれた美月は驚きながら、再び口を開こうとしたが、それも星夜に先回りされてしまった。

「さっきゆーたやろ。これはお詫びやから気にすんなや」

 スマホの画面を親指でスクロールさせた後、顔を上げてさらにこう言葉を付け足した。

「タダなんは今日だけやからな」

 黒縁メガネのブリッジ部分を人差し指でクイッと持ち上げて、星夜は笑っている。するとその背後から再び星夜の母親が現れた。

「タダちゃうわ。あんたが代わりに働いて返すんやで」
「はー!?」

 星夜は驚きの表情で母親に向かって振り返った。それもものすごい勢いで。

「俺、今日、頼まれたおつかいもしたやん!」

 星夜が美月と自転車で遭遇する前、星夜は母親に頼まれて手紙をポストに投函しに行っていたのだ。

「あんなの手伝いにならんよ。どーせ夏休み中もゲームばっかりしてたし、今日も午前中で授業終わってんねやからそれぐらいしなさい」
「じゃあ次からはもう手伝わへんからな! 俺学校始まって忙しいから」
「じゃあお小遣いはなしやな」
「はー!?」

 再び星夜の盛大な「はー!?」を聞いて、美月は思わず吹き出しそうになった。タダで食べさせてもらってる蕎麦を吹き出すのは感じが悪いし、そもそも行儀も悪い。寸前のところで堪えて、美月は水を含んで口と喉を整えた。