星夜は何も言わずに美月の前の席に座りなおし、その目の前に母親が素麺の乗った丸いトレイを置いた。
 すると今度は星夜の祖母が腰の曲がった状態でざる蕎麦が乗ったトレイを持って現れた。
 家の中とお店との間にある段差はたった二段だけだが、腰の曲がった祖母が降りてくるのは見ていて気が気ではない。意外と器用に片手でトレイを持ちながら、もう一方の手で手すりに手を置きながら、サンダルに足を通して降りて来た。

「あっ、すみません、私運びます」
「大丈夫、大丈夫。おばあちゃんは慣れてはるから」

 そう言って星夜の母親は祖母の様子を見守りながら、立ち上がろうとしていた美月を制した。星夜の母親にそう言われ、美月は椅子に座りなおしたが、その間に星夜の祖母はにこやかに微笑みながら、トレイを美月のところまで慣れた足取りで運んで来てくれた。

「時々は歩かなあかんねん。けど膝が(いとー)てかなんから、ついつい座りっぱなしやけどな」

 かっかっかと笑いながら、美月の前に星夜と同じ丸いトレイを置いた。その上にはお箸とざるの上に乗った茶蕎麦、蕎麦つゆ。蕎麦つゆが入った器の蓋の上にわさびと刻みねぎが乗っている。

「すごい、本当にお茶の色してる……」

 茶蕎麦は、若葉色よりももっと深い緑色をしている。抹茶の色が蕎麦のグレイがかった色と混ざり合い、とても綺麗だ。

「茶蕎麦を食べるんは初めてやったんか?」

 星夜の祖母はレジの前にある椅子がいつものポジションだと言わんばかりに、さっさとそこへ座りながら、美月に向かってそう聞いた。

「はい」
「そりゃ良かったわ。普通の蕎麦とはまた風味もちゃうからなぁ」

 美月は小さく手を合わせてから、お箸に手を伸ばした。そんな美月の様子にはお構いなく、星夜はすでに素麺をずるずると音を立てながら食べ始めている。
 美月は薬味をつゆの中に入れてかき混ぜた後、蕎麦を箸ですくった。それを少しだけ蕎麦つゆに浸した後、美月は啜らず、パスタでも食べるかのように音を立てずにひとくち食べた。

「……美味しい」

 蕎麦の風味とお茶の風味がほんのり鼻腔から広がり、食感はそば粉と抹茶が混じっているせいか、そば粉のザラザラとした食感が軽減されていてとても食べやすい。