「茶そばって……?」

 美月は祖母の背中が見えなくなったタイミングで、すぐそばに立つ星夜を見上げた。

「そば粉に抹茶を混ぜてるやつ。ってか、そばアレルギーとかないやんな?」
「うん、無いよ」

 そんなのあるんだって思って美月は俄然テンションが上がる。そんな美月に向かって星夜の母親はグラスに水を入れ、店内にあるテーブルの上にそれを置いた。

「ここに座り。今から作るからちょっと待っててなぁ」

 優しそうに微笑む星夜の母親が案内してくれた席へと向かい、美月は小さく頭を下げた。すると向かいの席に星夜も腰を下ろした。

「星夜、あんたはなんか食べんの?」
「いや、食うやろ。昼飯まだやで、俺」
「ほんなら素麺でも食べるか?」
「はー、またかよ」
「文句言いうなら自分で作り」

 母親にそう言われると、星夜はふてくされたような表情で盾肘をついて母親から視線を外した。
 そんな様子がなんだかおかしくて、思わず美月は肩を小さく揺らして笑った。

「……何がおかしいねん」
「ううん、なんかいいなって思って」

 美月がそう言うと、星夜は眉間にしわを寄せながら、黒縁メガネの奥で瞳が見るからに鋭く尖った。その様子を見て、美月は慌ててこう言った。

「なんていうか、私が幼い頃に憧れてた理想の家族の姿を見てる気分だったから」
「こんなんが理想?」

 再び星夜の眉間には、さっきよりも深いシワが刻まれた。けど今度はそんな様子にも美月は微笑んでしまった。

「だって、染野くんの家族はとても仲が良いじゃん」

 美月は子供の頃、日曜日の夕方にいつも放送されているアニメが好きだった。なんてことない日常と、家族の姿が描かれたその長寿アニメは、離婚家庭の美月の理想の形でもあったのだ。
 星夜の家族と接した美月は、そのアニメを思い返していた。

「普通やろ。ってかむしろちょっとウザいくらいやけどな」
「そうかもしれないけど、私にはそれでも羨ましいと思えるんだよ」
「むしろ東堂のとこは違うんか?」

 星夜のその言葉を聞いた美月は、ロウソクの火でも消えるかのように、笑顔がふっと消えた。

「うん、私のところは離婚してるしね」

 店内には扇風機が壁に設置されて、回っている。扉も開け放たれたままだからか、クーラーはない。そんな中で美月は少し肌寒いとでもいうように自分の腕を抱き寄せた。
 外は突き抜けるような晴れ間を見せ、さっきまで歩いていたせいで体は火照っている。寒いわけではなないが、美月は二の腕あたりを撫で付けながら、体を小さくさせて座っている。

「ふーん。なんかわからんけどお前のとこ、訳ありっぽいな」

 星夜は目を細めて美月を見やるが、美月はそんな星夜の視線から逃れるように、視線を外した。踏み込まれたくないと言いたげなその様子に、さっき星夜の母親が置いていったコップの水を差し出しながら、星夜はこう言った。

「とりあえずお前、水飲んどけよ。そもそも水分取りに来たんやろーが」

 そう言って、星夜は奥に置いてある水の入ったボトルを取りに行った。