「私、全然仏やお寺に詳しくないんだけど……」

 どことなく居心地が悪そうな表情をしながら、美月はこう話を切り出した。
 
「……阿弥陀如来って仏様だよね?」
「そうや。ここは藤原頼道(ふじわらのよりみち)が建設した場所で、平安時代は情勢的にも不安定やったから不安を取り除くために極楽浄土の世界を形にしたのがここやって言われてるからな」

 さすがは平等院の前に住んでいるだけはある、と美月は感心していた。仏教のことも、自分の家は何も信仰していないし、仏壇も無い。今までの人生で触れてくることのなかった世界なだけに、星夜の説明は全てが新鮮なものだった。
 中学の頃に歴史で少しこの辺りは触れた記憶があるが、その程度。すでに覚えていない。

「って言っても、俺もここのことしか知らんけどな。店番手伝ってたらお客さんに聞かれるし、ばーちゃんやオカンがやたらお客さんに説明してるの聞いてたら、そら色々覚えるやろ」

 そんな風になんてことない様子で言ってのける星夜。フォローとも聞き取れるセリフをあっさりとした口調で言ってのける星夜を見ながら、美月はまだ居心地が悪そうな、バツが悪そうな表情を浮かべている。

(なんか、私ってよくよく考えたら、日本のことあまり知らないんだよね。伝統とか歴史とか……)

 そんな考えが、この京都という古都に来てから美月が感じていた違和感だった。
 街中を歩けば日本の文化に触れようとする観光客がわんさかいる。そんな中で、自分はこの国で生まれ、育ち、長年住んでいるというのに、知らないことの方が多いのが、なんともやるせない気持ちにさせるのだった。

「ちなみに、阿弥陀如来は極楽浄土に連れて行ってくれる仏様やからな。ちょっと遠いけど、こっからちょうどあの扉の向こう側に鎮座している阿弥陀如来の顔が見えるやろ?」

 星夜の説明を聞きながら、美月達はちょうど鳳凰堂の正面に立った。池を挟んだ向こう側には鳳凰堂がそびえ、ちょうど美月の手の中にある十円玉の絵が広がっている。
 美月は目を細めて、開け放たれた正面の扉の中に目を凝らす。暗がりの中から、ぽうっとうっすらその表情が見えた。

「……どうした? なんか顔色悪そうやけど」

 辺りを見渡した後、美月に視線を向けた星夜。その時美月の様子が明らかにおかしいと感じ、星夜は首を傾げながら美月の顔を覗き込んだ。