「あっ、ほら、見えて来たで」

 住職と別れてから少し歩いた時、星夜が指を指し示して声をあげた。その指し示す方向へ向け、美月が顔を上げると、そこには朱に染まる大きな建物が見えた。

「これが、平等院鳳凰堂」

 思わず感嘆のため息がこぼれた。
 お堂を取り囲むように広がる大きな池の色が、うっすらとモスグリーンの色に染まっている。それでいて透明感を持つそれは、綺麗に鳳凰堂の朱の色も姿形さえもきちんとその上に反転させて映し出している。
 美月はごそごそとスクールバックの中から二つ折りの財布を取り出し、ファスナーで閉められた小銭入れの中を探る。

「何やってん?」

 ジャラジャラと小銭がぶつかり合う音を立てている美月を、訝しげな様子で星夜は見つめている。

「十円玉を探してるの。あっ、あった!」

 財布の中から十円玉を取り出した後、実物と見比べるようにしてそれを平等院の建物に向けてかざした。
 今までは銅一色でしか見たことのなかった。十円玉の中でしか見たことのな買った世界が、美月の目の前いっぱいに大きく広がり、その存在感を流麗に映し出している。

「……なんか、竜宮城みたい」

 そんな言葉を思わず吐露した美月に、星夜は小さく笑った。

「竜宮城か。まぁ似たようなもんかもな。竜宮城は絵にもかけないほど綺麗な城って相場も決まってるし、綺麗な乙姫がいたり、毎日美味しいご飯と宴会三昧の至れり尽くせりやしな」

 美月が幼い頃に浦島太郎の物語を絵本で読んだ時、その絵本の挿絵に描かれた竜宮城は朱色に染まり、大きく、雅なそれだった。まるで天国を彷彿させる竜宮城。とっくにそんな話も絵本も忘れていたはずだが、この鳳凰堂を見た瞬間、美月の記憶の中にあるその挿絵が突然飛び出すように現れた。

「もうちょいあっち行ったら正面から見えるで。正面から見たらちょうど中にいる阿弥陀如来像(あみだにょらいぞう)が見えるねん」

 星夜が手招きしながら先を進んでいく。そんな星夜の後を美月はゆっくりとした歩調で続いた。