「着いた」

 自転車はゆっくりと速度を落とし、その言葉と共にピタリと止まった。

「ここまで送ってくれてありがとう」

 荷台から降りて、肩から下げていたスクールバックを持ち直す。星夜はそのまま自転車を押しながら「ちょっと待ってて」と声をかけて道の角を曲がって行ってしまった。
 茶屋が並ぶ街並みを見ていると、まるでテレビで見ているような光景だった。平日の昼間だと言うのに観光客で賑わう街並み。それは芸能人が観光がてらに京都の街をぶらりと探索している、あの光景と重なって見えていた。
 そんな茶屋を背にすると石畳の敷かれた参道があり、参道の端、木々に隠れでもするかのように石碑にはこう記されていた。

「ここが、平等院」

 まだあの十円玉に記された建物は見えない。参道へと一歩歩み寄ったその時、星夜は再び美月の前に現れた。けれど、さっき美月を乗せてくれていたママチャリの姿は、どこにもない。

「あれ、自転車は?」
「裏に停めてきた」
「えっ、そうなの?」

 それって、一緒に行こうって意味なのかと思案していると、星夜は手首を返してそれを肩に乗せるような形でスクールバックを持ち直して、こう言った。

「行くんやろ? 俺ツテあるからチケット無しで入れると思うから」
「ツテって、どんな?」
「あの茶店、俺の家やねん」

 ツン、と伸ばした指先を追って、美月はさっき立っていた目の前の茶屋へと視線をスライドさせる。昔ながらの瓦屋根の木造の家の一階が茶屋として開かれている。家の前のベンチには背もたれもなく、ただ赤い布をかけられ、日差しを防ぐように木でできた赤い傘がまた京都の茶屋らしい見た目だ。
 家族づれの旅行者だろうか、茶菓子を美味しそうに食べている様子から視線を外し、再び星夜へと目を向けた。

「平等院は昔から繋がりがあるからな。住職も知ってるから中に入るときはタダやねん」
「そうなんだ……なんか、すごいね」

 星夜は眉根を寄せながら、渋い顔を見せた。そのままくるりと向きを変えて、平等院の参道を歩き始める。

「すごくはないやろ。家が茶店とか子供の時は嫌やったしな」
「えっ、なんで?」

 美月は星夜に置いて行かれないように、慌てて小走りでついて行く。隣に並ぶと、星夜は美月の歩調に合わせてゆっくりと歩き始めた。

「だって何かと店手伝わされるし、場所が場所だけに年末年始とか行事ごとの時は最悪やで。人は多いし、うるさいし」
「そっか」

 確かにそうなのかもしれないと美月は納得しつつ、歩きながら再び背後に見える星夜の家をちらりと見やった。
 家族づれのお客さんに茶菓子を提供している女性は星夜の母親なのかもしれない。その奥でレジの前に座っているご年配の女性は星夜の祖母だろうか。
 美月はそんな風に茶屋の様子を見つめながら、ひとりごちる。

「でもやっぱり、いいな。家族の家って感じがする……」

 美月は再び前を向いて歩き出す。そんな美月に視線を向けながら、星夜は眼鏡のブリッジ部分を中指でクイッと持ち上げた。