世間はすっかりクリスマスムード一色になった頃。みんなクリスマスはどうするんだろうと思うようになった。
去年まではそんな気にしていなかったし、そもそもジョルジュはミサがあるとあらかじめ言っていた気がするのでそこは家族で過ごすのだなと言うのがわかるけれど、勤はどうするんだろうと思った。
暇なようだったらクリスマスに会ってふたりで飲みにでも行って良いかもと思ったので、電話をかけて訊いてみた。
『おう、どうしたイツキ。手に負えない仕事でもあるのか?』
「いや、おまえが毎年クリスマスをどう過ごしてるのか気になって。
って言うか、そもそもクリスマス実施してんの?」
そう言えば勤の実家はお寺だった。クリスマスという習慣自体が無いかもしれない。電話をかけてからその事に気づいて少し気まずかったけれど、勤はあまり気にならなかったようで説明してくれた。
『うちもイベントとしてのクリスマスはやってるよ。ただ、家族で集まって鳥とケーキを食べる日って位の認識だから、日にちにずれはあるけど』
「もはや概念と化したクリスマスだな」
なるほど、やっぱクリスマスって家族で集まるもんなんだな。でも、日にちにずれが有るって事は、当日は空いていたりするのだろうか。
「あの、クリスマス当日って空いてる?」
思い切って訊いてみると、気まずそうな声が聞こえてきた。
『あー、悪い。今年は家族全員が集まれそうなのクリスマス当日なんだよ。二十四、二十五って泊まりで行くんだ』
「お、おう」
家族の予定がそれじゃあ、わがままは言えないなと、妙にしょんぼりしてしまった。
もしかしたら、これを機にオレも一度家に顔を出した方が良いのかも知れない。
どうしよう。今更急に実家に行って、ステラはともかく、父ちゃんと母ちゃんはどんな顔をするだろう。
すぐに決められるほど、思い切れなかった。
そして来るクリスマス。結局オレは、リンとふたりで飲み屋でぐだを巻いていた。
「そう言えばリンはクリスマスに実家戻んなくて良いの?」
焼酎を飲みながらそう訊ねると、リンは困ったような顔をする。
「一応呼ばれはするんだけどさ、それで行ったら行ったで『来年は彼女連れてこいよ!』って言われるもんだからクリスマスに帰るのめっちゃしんどい」
「そりゃしんどい」
クリスマスと言えば恋人と過ごす日っていうイメージ確かにあるなぁ。あんまり実感は無かったけど、たまたまオレの周りに、クリスマスは恋人と過ごすってやつが居ないだけな気がする。
そう言えばと、リンにまた訊ねる。
「ところで、奏は仕事? 今日空いてないって」
すると、また困ったように笑ってリンが言う。
「いや、あいつ大学の先輩の家行ってるんだってさ」
「え? 大学の先輩って、いつだったか恋人になって欲しいって言ってたあの?」
「そうそう」
まじでか。オレの近場でもクリスマスにおうちデートするやつが遂に現れた! ……と思わずぽかんとしていたら、こう言う説明が続いた。
「なんでも、その先輩が年末にコスプレするって言うんで、その衣装を作るの手伝いに行くんだってさ」
「コスプレ」
「毎年のことらしいよ」
それはそれですごいというか、おいしい展開なのでは? やっぱこう、なんて言うか、コスプレって言うとエロスなイメージあるし。あれ? でも、どうなんだろう。奏の先輩って恋人にしたいって言うのは聞いたけど、性別は聞いてないんだよな。
「と言うか、奏って裁縫できんの?」
ちょっとよくない妄想をしそうになったので自主的に話を逸らすと、どうやらリンも似たような妄想をしていたようで、はっとしている。
「元々ボタン付けくらいは出来てたらしいんだけど、大学進学後、その先輩の手伝いで刺繍まで出来るようになったって言ってたにゃーん」
「仕事以外にもそこまで情熱を向けられるのがすごいにゃーん」
リンに合わせてそうおどけて言うけれど、仕事以外に情熱を向けられるって言うのは、本当にすごいと思った。結局、オレなんかは仕事以外に何かやる事って言ったら、ただ漫然とテレビを観るか、ぼんやりとゲームをやるくらいでこれと言った趣味が無い。
羨ましい。そう思ったのが顔に出たのだろうか、リンがにやっと笑ってこう言った。
「お前も、仕事以外になんか夢中になれる物欲しい?」
なんだろう、妙に悪巧みをしているように見えるので不安があったけれど、でも、夢中になれる物が欲しいのは確かだ。
「う、うん……」
恐る恐る頷くと、リンはおもむろに鞄の中から分厚い本を取り出してテーブルの上に乗せる。表紙には、不気味で禍々しい異形の絵が描かれている。
「それじゃあ、これ貸すから今度TRPGのセッションやる時是非ご参加下さい!」
「TRPG?」
RPGだったら昔からやってるゲームの中にいくつか有ったからどういう物か想像がつくけど、TRPG?
「……って、なんぞ?」
いまいちわからなくて説明を求めると、リンは熱く語ってくれた。
「TRPGって言うのは、テーブルトークRPGの略で、プレイヤーとゲームマスターが揃って、ダイスを振ったり役を演じたりトークしたりで進めていくゲームだよ」
「それって、なんかゲーム機とか必要?」
「いや、ほんとルールブックとキャラクターシートとダイスが有れば出来るから。こわくないからこっちおいで」
なんかめっちゃ必死じゃねえ?
でも、ここまで熱く勧めるくらいの物なら、オレも熱中できるのではないだろうか。それならばと、早速渡された本を開いて中身を見てみる。するとどうだろう。さっぱりわからない!
「なにこれ、呪文が並んでる……」
「あー、いきなりるるぶ渡してもピンと来ないか。じゃあ、今度セッションやる時都合つくようだったら見学来る?」
「お、おう……」
おもちゃを前にした子供のように良い笑顔になっているリンを見て、この呪文さえなんとか理解出来れば、きっとすごく楽しい物なのだなと思った。それなら、飛び込んでみても良いかも知れない。
「じゃあ、今度セッション? ってのやる時、声かけてくれよ。見に行くから」
「やったぁ、かしこまり!」
その後、ふたりでTRPGの事について盛り上がりながら酒を飲んで、なんだかんだで楽しいクリスマスを過ごせたのだった。
クリスマスも終わり、街中はすぐにお正月ムードになった。
改めて、ここ一年のことを思い返す。勤やジョルジュと友人らしい関係になったのは去年の中頃からだったし、リンや奏に会ったのは、今年の初め頃だ。
短い期間でオレの周りは急に変わって、その変わり方はオレにとってきっと良い物だ。
年が明けて三が日のうちに、リンがTRPGのセッションに誘ってくれる事になっている。その時に、またリンの学生時代の友人を紹介してくれると言っていた。
去年の初め頃にはほとんど無かった、人との繋がりが出来て、増え始めた。その事に戸惑いがないかと言われたら、正直言うと有る。
でも、ここで逃げ出したらオレはまたひとりぼっちだ。もうあんな、寂しいかどうかもわからなくなる、孤独である事に気づけない孤独なんて味わいたくない。
変わるのが周りだけじゃだめだ。オレも、自分で変わらないと。
そう思っても変わるのはこわいし、何からやれば良いのかもわからない。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
不安になって泣きそうになる。
与えられるだけじゃダメなんだ。頭がくらくらして涙が零れる。しばらく黙ったまま泣いて、ひらめいた。
自分から取りに行けばいいのでは?
去年まではそんな気にしていなかったし、そもそもジョルジュはミサがあるとあらかじめ言っていた気がするのでそこは家族で過ごすのだなと言うのがわかるけれど、勤はどうするんだろうと思った。
暇なようだったらクリスマスに会ってふたりで飲みにでも行って良いかもと思ったので、電話をかけて訊いてみた。
『おう、どうしたイツキ。手に負えない仕事でもあるのか?』
「いや、おまえが毎年クリスマスをどう過ごしてるのか気になって。
って言うか、そもそもクリスマス実施してんの?」
そう言えば勤の実家はお寺だった。クリスマスという習慣自体が無いかもしれない。電話をかけてからその事に気づいて少し気まずかったけれど、勤はあまり気にならなかったようで説明してくれた。
『うちもイベントとしてのクリスマスはやってるよ。ただ、家族で集まって鳥とケーキを食べる日って位の認識だから、日にちにずれはあるけど』
「もはや概念と化したクリスマスだな」
なるほど、やっぱクリスマスって家族で集まるもんなんだな。でも、日にちにずれが有るって事は、当日は空いていたりするのだろうか。
「あの、クリスマス当日って空いてる?」
思い切って訊いてみると、気まずそうな声が聞こえてきた。
『あー、悪い。今年は家族全員が集まれそうなのクリスマス当日なんだよ。二十四、二十五って泊まりで行くんだ』
「お、おう」
家族の予定がそれじゃあ、わがままは言えないなと、妙にしょんぼりしてしまった。
もしかしたら、これを機にオレも一度家に顔を出した方が良いのかも知れない。
どうしよう。今更急に実家に行って、ステラはともかく、父ちゃんと母ちゃんはどんな顔をするだろう。
すぐに決められるほど、思い切れなかった。
そして来るクリスマス。結局オレは、リンとふたりで飲み屋でぐだを巻いていた。
「そう言えばリンはクリスマスに実家戻んなくて良いの?」
焼酎を飲みながらそう訊ねると、リンは困ったような顔をする。
「一応呼ばれはするんだけどさ、それで行ったら行ったで『来年は彼女連れてこいよ!』って言われるもんだからクリスマスに帰るのめっちゃしんどい」
「そりゃしんどい」
クリスマスと言えば恋人と過ごす日っていうイメージ確かにあるなぁ。あんまり実感は無かったけど、たまたまオレの周りに、クリスマスは恋人と過ごすってやつが居ないだけな気がする。
そう言えばと、リンにまた訊ねる。
「ところで、奏は仕事? 今日空いてないって」
すると、また困ったように笑ってリンが言う。
「いや、あいつ大学の先輩の家行ってるんだってさ」
「え? 大学の先輩って、いつだったか恋人になって欲しいって言ってたあの?」
「そうそう」
まじでか。オレの近場でもクリスマスにおうちデートするやつが遂に現れた! ……と思わずぽかんとしていたら、こう言う説明が続いた。
「なんでも、その先輩が年末にコスプレするって言うんで、その衣装を作るの手伝いに行くんだってさ」
「コスプレ」
「毎年のことらしいよ」
それはそれですごいというか、おいしい展開なのでは? やっぱこう、なんて言うか、コスプレって言うとエロスなイメージあるし。あれ? でも、どうなんだろう。奏の先輩って恋人にしたいって言うのは聞いたけど、性別は聞いてないんだよな。
「と言うか、奏って裁縫できんの?」
ちょっとよくない妄想をしそうになったので自主的に話を逸らすと、どうやらリンも似たような妄想をしていたようで、はっとしている。
「元々ボタン付けくらいは出来てたらしいんだけど、大学進学後、その先輩の手伝いで刺繍まで出来るようになったって言ってたにゃーん」
「仕事以外にもそこまで情熱を向けられるのがすごいにゃーん」
リンに合わせてそうおどけて言うけれど、仕事以外に情熱を向けられるって言うのは、本当にすごいと思った。結局、オレなんかは仕事以外に何かやる事って言ったら、ただ漫然とテレビを観るか、ぼんやりとゲームをやるくらいでこれと言った趣味が無い。
羨ましい。そう思ったのが顔に出たのだろうか、リンがにやっと笑ってこう言った。
「お前も、仕事以外になんか夢中になれる物欲しい?」
なんだろう、妙に悪巧みをしているように見えるので不安があったけれど、でも、夢中になれる物が欲しいのは確かだ。
「う、うん……」
恐る恐る頷くと、リンはおもむろに鞄の中から分厚い本を取り出してテーブルの上に乗せる。表紙には、不気味で禍々しい異形の絵が描かれている。
「それじゃあ、これ貸すから今度TRPGのセッションやる時是非ご参加下さい!」
「TRPG?」
RPGだったら昔からやってるゲームの中にいくつか有ったからどういう物か想像がつくけど、TRPG?
「……って、なんぞ?」
いまいちわからなくて説明を求めると、リンは熱く語ってくれた。
「TRPGって言うのは、テーブルトークRPGの略で、プレイヤーとゲームマスターが揃って、ダイスを振ったり役を演じたりトークしたりで進めていくゲームだよ」
「それって、なんかゲーム機とか必要?」
「いや、ほんとルールブックとキャラクターシートとダイスが有れば出来るから。こわくないからこっちおいで」
なんかめっちゃ必死じゃねえ?
でも、ここまで熱く勧めるくらいの物なら、オレも熱中できるのではないだろうか。それならばと、早速渡された本を開いて中身を見てみる。するとどうだろう。さっぱりわからない!
「なにこれ、呪文が並んでる……」
「あー、いきなりるるぶ渡してもピンと来ないか。じゃあ、今度セッションやる時都合つくようだったら見学来る?」
「お、おう……」
おもちゃを前にした子供のように良い笑顔になっているリンを見て、この呪文さえなんとか理解出来れば、きっとすごく楽しい物なのだなと思った。それなら、飛び込んでみても良いかも知れない。
「じゃあ、今度セッション? ってのやる時、声かけてくれよ。見に行くから」
「やったぁ、かしこまり!」
その後、ふたりでTRPGの事について盛り上がりながら酒を飲んで、なんだかんだで楽しいクリスマスを過ごせたのだった。
クリスマスも終わり、街中はすぐにお正月ムードになった。
改めて、ここ一年のことを思い返す。勤やジョルジュと友人らしい関係になったのは去年の中頃からだったし、リンや奏に会ったのは、今年の初め頃だ。
短い期間でオレの周りは急に変わって、その変わり方はオレにとってきっと良い物だ。
年が明けて三が日のうちに、リンがTRPGのセッションに誘ってくれる事になっている。その時に、またリンの学生時代の友人を紹介してくれると言っていた。
去年の初め頃にはほとんど無かった、人との繋がりが出来て、増え始めた。その事に戸惑いがないかと言われたら、正直言うと有る。
でも、ここで逃げ出したらオレはまたひとりぼっちだ。もうあんな、寂しいかどうかもわからなくなる、孤独である事に気づけない孤独なんて味わいたくない。
変わるのが周りだけじゃだめだ。オレも、自分で変わらないと。
そう思っても変わるのはこわいし、何からやれば良いのかもわからない。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
不安になって泣きそうになる。
与えられるだけじゃダメなんだ。頭がくらくらして涙が零れる。しばらく黙ったまま泣いて、ひらめいた。
自分から取りに行けばいいのでは?