「お守りが欲しい」
 数週間前、上野の美術館の前で有象無象に取り囲まれた件についての有識者会議と言う名の食事会をいつもの三人で開いた時に、オレがそう呟いた。いつでも身につけていられるようなそんな物が欲しいとあの時本気で思ったのだ。
 よっぽどメンタルに来ているというのが伝わったのだろう、隣に座った勤がオレの頭を撫でる。
「確かにお前お守りらしいお守りって持ってないもんな」
「おまえら、なんかオレでも相性良さそうなお守り知んない?」
 心配してくれているのに甘えながらそう訊ねると、向かいに座って居るジョルジュが梅酒のグラスをテーブルに置いてこう言った。
「イツキは無宗派だからなかなかに難しいけれど、パワーストーンなんてどうだい?」
「パワーストーン、そういうのもあるのか」
 なるほどパワーストーンか。今まで話に聞いてはいたけれど、実際に扱ったことはない。でも宗派が限定される数珠やロザリオに比べたら、オレとの相性は良いかも知れない。でも。
「パワーストーンって結構いい加減って言うか良くないのもあんだろ? どうやって選ぶんだ?」
 オレの疑問に今度は勤が答えてくれる。
「俺がたまにお世話になってるお店で良い所が有るんだけど、今度そこ案内しようか?」
 そう言えば勤は除霊の仕事の時、たまに石を使っているんだっけ。それなら信頼できそうだし今度案内して貰おう。
 そんな話をして、その店はジョルジュも行ったことがあるというので日程を合わせて三人で行ってみることにした。

 そしてそれから暫く。いつものように秋葉原で待ち合わせて、そのまま電車に揺られて四駅ほど。駅直結のビルに入りエスカレーターで上へと上って行く。
 あまり人通りが多い駅ビルじゃないけどこんな所に信用のおけるパワーストーン屋が有るなんて意外だ。
 エスカレーターを下りてフロアの中を勤が先導して歩く。すぐにガラスの棚に石を並べている店が目についた。入り口から狭い店内に入り周りを見渡すと、確かにこの店に置かれている石からは強い力を感じるし悪い気配も無かった。
「いらっしゃいませ」
 店員の声に奥の棚の方を向くと思わず表情が固まった。
「あれお兄ちゃん」
「お兄ちゃん?」
 不思議そうな顔をする店員と勤。勤はオレとジョルジュのどちらが店員の兄かと思った様で交互に顔を伺っている。ジョルジュも驚いた顔でオレの方を見てるし、これはもう腹をくくるしか無い。
「よ……よぅステラ、久しぶり~」
 赤味の強い金髪をボブにまとめた気の強そうな顔をしたこの店員が、オレの妹のステラだ。家を飛び出して以来会っていなかったので気まずさがこの上ないのだが、どうやらステラの方はその辺り特に気にしていないようだ。
「お兄ちゃんが来るとは思ってなかったけどまぁいいや。あ、勤さんもゆっくり見ていって下さい」
 勤のやつそんな覚えられるほどこの店来てるのかよ。オレより勤の方が仲良かったらどうしようと若干の不安を感じつつ店内を見て回る。
 ふとステラが気まずそうな顔でこう言った。
「ごめ、勤さんとお兄ちゃん、ちょっとお店見てて貰えます? すぐ戻りますんで」
「え? はい」
「良いけどどうした」
 不思議に思っている間にもステラはレジの鍵を閉めて早足で店から出て行ってしまう。それを見てジョルジュも不思議そうな顔をしている。
「この店は客に店を任せたまま店員が席を外すなんて事が有るのだね」
「まぁうん。ワンオペフルタイム当たり前って聞いてるから」
「黒い」
 なんであいつそんなブラックバイトしてんの……
 ステラが席を外して少しして。なにやら騒がしい声が聞こえてきた。なんだかただならぬ雰囲気を感じて身を固めていると、目出し帽を被って刃物を持った数人の男が現れた。
「おい! 金を出してこの鞄の中に入れろ!」
「抵抗したらどうなるかわかってるんだろうな!」
「ヒェー! 強盗だ!」
 どうしよう、抵抗して倒したいけど正直俺達三人は人が相手だと弱い。精神的に弱いのではなく物理的に弱い。特にジョルジュなんて体力無いし走って逃げるのもしんどいぞ。
 ステラが丁度席を外しているのが救いだけれど、勝手にお店のお金を渡すわけにはいかないし渡すにしてもレジの鍵はかかってる。レジを壊せるほどオレ達は物理的にも精神的にも強くは無い。
 こうなったら人質になるのもやむなし。だれか、だれか警察を呼んでー!
 そう思っていたら、突如眩しい光が周囲を包んだ。
 なんだ? 霊的な物のようなそれとはちょっと違うよくわからない気配だ。驚いて声も出せないでいるうちに光が収まり、何故か強盗達は床にうずくまっていた。
 そして、いつの間にか現れたふたまたにわかれたとんがり帽子にレオタード姿の少女の姿。彼女は強盗の頭を蹴飛ばしながら名乗りを上げる。
「魔法少女ダイヤキング参上!
オラッ! 大人しくしろ! オラッ!」
 持っていたガムテープで強盗の手首足首を拘束する彼女に、俺は思わず仏顔で声を掛ける。
「ステラ何やってんの?」
 そう、魔法少女を自称した彼女は顔を隠していないし、その顔がどう見ても妹のステラなのだ。そして案の定こう返ってきた。
「名前で呼ばないでよ! くっそ顔隠してないデザインなの致命的なバグだわデザイン変更したい!」
「デザイン変更」
 魔法少女を名乗った妹を見て、まぁ確かに、大丈夫かな? とは思ったけど、それはステラからすればオレもそう言いたいところが沢山有るだろうしお互い様だろう。それに魔法少女はそうそう見掛ける物では無いけれど、事件があるとニュースとかでも取り上げられる確かな存在なのだ。
 そうは言ってもいざ目の前に現れると驚くし、妹が魔法少女だという事実はそう簡単に飲み込めない。
「お兄ちゃん、お父さんとお母さんには黙ってて! こんなの知られたらいたたまれなくて家出もんだわ!」
「わぁ、その気持ちわかるぅ~」
 そんなやりとりをして居る間にも携帯電話を取りだした勤が警察に通報しているし、ジョルジュもステラを宥めようとしているのかこんな事を言う。
「そんなに恥ずかしがらずとも良いではないですか。魔法少女も立派な仕事です。胸を張って良いんですよ」
 それを聞いて、ステラは顔を真っ赤にして一瞬言葉を詰まらせた後こう叫んだ。
「せめてもう少しまともな衣装デザインだったら胸を張れました!」
「デザイン」
 確かに昔からアニメの魔法少女に特に憧れという物を抱いていなかったステラとしては、この一昔前の魔法少女のようなデザインはつらい物が有るのだろう。でも、ステラにデザイン丸投げしたらなんというかこう、魔法少女とは認識しがたい物になった様な気が。
 デザインについて嘆くステラに、オレもジョルジュも何も言えない。ステラは尚も嘆く。
「先代魔法少女のマジカルロータスのデザインが羨ましい!」
 魔法少女マジカルロータスというと、バレリーナみたいなチュチュと蝶を模した仮面が可愛いと、女の子達の間で大人気だった子だ。
「え? なにお前ああいうお姫様系が着たかったの?」
 意外に思いながらそう訊ねると、ステラは死んだ魚のような目をする。
「私も顔を隠したかった」
「せやな」
 それから、ステラは変身を解いて来ると言ってバックヤードへと引っ込んでしまい後に残されたのは事態を飲み込み切れていない勤とジョルジュと床に転がった強盗犯、もう何でも良くなってるオレだった。