一番寒い時期も何とかやり過ごした頃、家でこたつに潜ったまま携帯ゲーム機でダラダラとゲームをしていた。他の人と通信して遊ぶシステムもあるゲームだけど、あいにくオレと遊んでくれそうな面子の中でこのゲームをプレイしている奴はいない。ジョルジュは元々ゲームをやらない質らしいし、勤はこのところめっきりゲームで遊ぶ気力が無いらしい。もう歳かな~って言ってたけどお前まだ二十代だろツツジに聞かれたら殴られるぞ。まぁ、別に勤とツツジは面識無いけど。
 ゲームを進めているうちに充電が切れてきた。丁度きりの良いところだし、一旦ここまでにして充電しよう。そう思ってセーブをして電源を落とした。
 やる事も無くその場に寝そべる。勤やジョルジュが暇なのなら遊びに誘えるけど、勤はともかくジョルジュは退魔師の仕事以外に服の型紙を引く仕事をしているらしくて割といつも忙しいらしい。最近は、聞けば空いてる日を教えてくれるしなんなら調整もしてくれるけど、いきなり誘って当日来いと言うのはなかなか難しい。勤は退魔師の仕事しかしていないのだけれど、オレよりも仕事が入る頻度が高くて捕まえるのがなかなかに難しい。あらかじめこっちから先に予定を入れておけば調整はしてくれるけど、やっぱ当日言って来いってのは難しい。
 今週末にまた三人で会う予定はあるけれど、とにかく暇で仕方ないのは今だ。
「あ~、呼べば行くから誰か呼んでよ~」
 こたつ布団に肩まで潜りながらそう呟くと携帯電話が鳴り始めた。
 本当にお誘いが来たのかと驚いて手に取ると発信元は勤だった。通話ボタンを押して耳に当てる。
「ハローハロー、僕イツキです」
「ハローハロー、僕勤です。
って小ネタの回収してる場合じゃ無いんだよ。ちょっと今仕事中なんだけど、俺の手に負えないからイツキにも来て欲しいんだよ。空いてる?」
「手に負えない? わかった。どこにいる?」
 手早く勤から場所を聞きメモを取る。すぐに通話を切り家を出る準備をする。携帯電話は仕事道具を入れたボディバッグのポケットにつっこんだ。
 着替えを済ませ、ボディバッグを身体に巻きドクターバッグを手に持って玄関を出る。電車で現場に向かっている余裕は無い。通りでタクシーを捕まえて、教えられた場所から少し離れた所を指定して運んで貰う事にした。
 オレ達の仕事は基本的に仕事を請けた当人が片付けることが多いけれど、たまに手に負えないことがあると、こうやって呼び出したり呼び出されたりすることがある。手に負えない仕事というのは滅多に無いけれど、たまに対象の振り分けを見誤ってしまうことがある。
 勤は仏教の、ジョルジュはキリスト教の、オレは無宗教の仕事を主にしているので、依頼人から話を聞いた時点である程度この三人で融通を利かせるというか、依頼の振り分けをする。今回勤が請けた仕事は始め仏教関連の有象無象だと思ったのだろう。けれど、いざ行ってみるとそれが通用しなかったのでオレに声が掛かったのだと思う。
 勤は無事だろうか。気が立っているのを自分でも感じる。タクシーに乗っている時間が妙に長く、もどかしく感じた。料金メーターを見つめて財布をあらかじめ開いておく。
「お客さん、この辺ですね」
 運転手が車を停めるのと同時に財布から紙幣を出してトレイに置く。
「おっちゃんありがと! お釣りは取っといて!」
 すぐにドアを開け、走って勤が待っている場所へと向かった。

 日が暮れて暗くなってきた。夜になる前に何とかしないとと思いながら辿り着いたのは朽ち果てたホテル。敷地の入り口には看板が立てられていて、近々どこかの業者がこれを取り壊して新しい建物を建てると言うのが書かれている。
 なるほど、新しい物を建てる前にキレイにしておこうって事か。納得しつつホテルの中に踏み入る。
 中は薄暗く、いつもドクターバッグの中に入れている懐中電灯を取り出して周りを照らしながら進んでいく。
 勤はどこにいるんだろう。そう思っていると、廊下の奥から物音が聞こえた。あそこに勤がいるのか。廊下の奥に向かって走って行くと悲鳴が聞こえた。まさか勤が怪我でもしているのではないかと心配になり悲鳴が聞こえた部屋に飛び込む。
「大丈夫か!」
 そう叫んで臨戦態勢に入ると、目に入ったのは真っ暗な部屋。懐中電灯で照らして居るのを確認出来たのは、いくつもの顔が浮かび上がっている人の背丈ほどの黒い塊と、その向こうにいる勤。それからなにやらもうひとり誰かがいる。
 一体誰だ? 疑問には思ったけど、今は目の前にいる奴をどうにかしないといけない。懐中電灯を勤の後ろにいる人の方へ投げ、空いた手で鞄の中から液体の入ったボトルを取りだし指示を出す。
「そこのあんた、こいつを何とかしてる間それで周りを照らしといてくれ」
「ひぇ、はぃ……」
 弱々しく返されたその声には聞き覚えがあった。知り合いの声ではない。じゃあ誰だ? どこで聞いたんだ? 小さな疑問を抱えながら、鞄の中から更にボトルを出し勤に投げ渡す。
「これをこいつにかければ良いんだな?」
「おう、頼むぜ」
 持っていた数珠をポケットに押し込んだ勤がボトルの蓋を開けて黒い塊に中身をかける。オレも、持っているボトルから液体を黒い塊にかけた。
 黒い塊が収縮を繰り返している。これであとは殴れば大丈夫かと、ボディバッグから棒状の物を取りだしそれで思いっきり殴りつける。殴りながら時折勤にボトルを投げ渡し、ふたりがかりで叩きのめす。
 黒い塊は少しずつとは言え消耗しているようで、段々動きが鈍ってきた。このやり方で消すところまでいけそうだけど、もしかしたらボトルが足りないかも知れない。少し不安になりこう思った。鶏の声があればいちころなのに。
 続けて思う。声。そうだ、思い出した。勤の後ろで腰抜かしているあいつ、あいつは確か。
「そこのあんた、声優だろ?」
 突然のオレの問いに、懐中電灯の光が跳ねる。
「そそそうですけどそれが何か?」
「鶏の鳴き声の真似は出来るか?」
 いきなり何を言っているのかと思っているのだろう、すぐに返事は帰ってこない。一方の勤は納得した様な表情だ。
 勤が言う。
「鶏の声がこいつに効くかも知れないんです」
 すると、何度か引きつった声が聞こえたあと、高らかに鶏の声が響き渡った。

 あの声の直後黒い塊は霧散し、残っていたのは床に零れた大量の液体だけだった。
 一安心したのもつかの間、勤がすぐさまにオレが持っている棒状の物をしまえというので大人しくボディバッグにしまっていると、その間に懐中電灯を任せた彼に勤が話しかけていた。
「ところで、あなたは何でこんな所に?」
 まだ怯えた様子の彼はその質問にこう答えた。
「実は、仕事の後輩が大事にしている楽譜のファイルをいたずらでここに隠した奴がいて……それで、仕事が忙しい後輩の代わりに僕が探しに来たんですけど」
 ろくでもないいたずらをする奴がいるもんだな。そのことを不快に思いながら、勤と彼が話しているのを聞く。
 暫く話を聞いて、取り敢えず彼は後輩に使いっ走りにされたわけではなく、むしろ隠した奴に怒りながら来たというのはわかった。
 ふと、彼が俺に訊いてきた。
「ところで、なんで僕が声優だってわかったんです?」
 懐中電灯を受け取り、彼のことを照らす。金髪と言うよりは黄色といった色合いの髪をおかっぱにしていて、身長はそんなに高くない。顔も童顔で一見オレより年下に見える。その顔に不思議そうな表情を浮かべる彼に、こう答える。
「いや、今期のアニメでよく聞く声だから」
「ウワー! ご視聴ありがとうございます!」
 オレの記憶に間違いがなければ、彼は土浦リンと言う名の近頃出番が増えてきた声優だ。それで、確認を取ってみるとその通りだという。いつまでもここにいるのは良くないと思いながらも、オレはついつい彼とメールアドレスの交換をしてしまった。
「僕のことは気軽にリンって読んでくれて良いですよー。後輩もそう呼んでるんで」
「はーいはい。それじゃあリン、今度またメールするわ」
「よろすこ」
 理解出来ない速さで打ち解けているように見えるのだろう。勤が何を言ったら良いのかわからないと言った顔でオレ達を見ていた。