先に文字を追い終えたナオキの視線が痛い。まるで、告白の手紙のような内容だった。これはわたし宛ての手紙ではないのに、他人に向けてこんな想いを暴露してしまえる夏哉のことが、誇らしくて、恥ずかしくて。
どんな顔をしていいのかわからず、両手で顔を覆う。くちびると瞼が震える。泣き出しそうなほど、震えそうなほど、心を揺らすこの感情の名前を知っている。
顔を伏せたら溢れ出してしまいそうだった。泣けないと豪語しておきながら、綴られた慕情を目の当たりにしてあっさりと泣いてしまうのは悔しくて、情けなくて、意地という虚勢を必死にかき集めた。
「夏哉らしいな」
右手で口元を、左手で目元を隠すわたしの横で、ナオキがつぶやく。らしいと言われたら頷くしかなかった。夏哉はこういう人間なのだということを、今一度思い知る。恥よりも前に想いが走っていくとでも言うべきか、夏哉の綴る文字は、まるで彼の心を裸に剥いて押し付けたように、愚直で純粋だった。
いくらでも秘することができて、すげ替えることのできる心というものを、こんなにも素直に受け取らせてしまう夏哉の人となりごと、両腕に抱きしめたい。
それなのに、今この場にも、どこにも、夏哉はいない。
暗い感情が光を含まずに押し寄せてくるような感覚に背筋に粟立つ。浸される前に顔を上げると、煌めき揺らめく川面が目に飛び込んできた。
ナオキは手紙を折りたたみ、高く掲げて太陽に透かす。
「俺は楓に伝える気はなかったんだ。今も。この手紙を読んでわかった。夏哉とは意見が合わないはずだな」
「うん、正反対」
臆病とも控え目ともちがう。言葉にできそうで、でもどんな言葉に当てはめても想いの重さには足りないから、言語化することを躊躇ってしまうのがナオキだとしたら、夏哉はその真逆を行く。
「こういう方法もあるんだ。伝え方、伝わり方には」
「それでいいの?」
「あと、少しだから」
楓さんが島を去るまでの時間はもう数日しかない。これまでナオキが共に過ごしてきた日々を思えば、秒読みに等しい。
出会って数日のわたしに言えることなど何もなかった。そこに触れる適任者がいるとすれば、それは夏哉だ。わたしの出る幕はない。
「最後の、薄っぺらい友だちって、結構な言い様だけど」
「ああ、あいつ慣れてきたら容赦なく悪態ついてくるからもう慣れた。交友関係が広いってのはつまり、浅いってことと同義だろうって言ってたっけ」
「チャラチャラしてる人、夏哉はあんまり好きじゃなかったからね」
「だよなあ。ひどい話だ」
性格や人間性が相容れなくても、どこか一部が重なるだけで関係が一変することもある。隔てる壁がどれほど高くても、穴さえあれば入り込むことはできる。
コウトくん、アキラ、ユリ、ナオキ、それから残りの二通。他に夏哉に親しい人はいなかったのだろうか。唯一思い当たる人物がいるとすれば、卒業式で夏哉の代理を務めた彼だけ。
「あ……」
そうだ、アカツキくんがいる。
手向けられた花を一輪抜いて、夏哉がいたはずの岸辺にしゃがむ。花を流すと沈むことなく遠く、遠くへと攫われていった。冷たい石に触れ、指先を水に浸す。
「何があったの、夏哉」
手紙を届ける旅は折り返しを迎えているのに、まだ夏哉にたどり着けない。夏哉が最後にいたこの場所に来たところで、何を得ることもできない。
「アカツキくんは……」
友だちじゃなかったの?
残りの二枚に、アカツキくん宛ての手紙がないとは言えないのに、根拠のない予感だけれど、彼は含まれていないような気がする。