一旦家の中に入ろうと門に手をかけたところで、視界の端に人影が見えた。

方角と、背格好からして、誰かはすぐにわかった。


「ユリ」


驚いたのは、ユリが私服ではなく制服を着ていたことだ。

まだ春休みには早いにしても、午後二時前にその格好で家の近くにいる状況がよくわからなくて、目を瞬く。


「学校は?」


機嫌を損ねることを承知で訊ねると、思っていた通りにユリは顔を歪める。

この間は薄く施していた化粧のない、素のままのユリの顔、久しぶりに見た。


「行った、けど帰ってきた」

「あ……そう。おかえり」


端的な返しに何を言っていいのかわからない。

ユリの判断で帰ってきたのか、学校が終わったのか。

そこまで聞いてしまったら、たぶん答えてくれない。


「ナオキ、来てるの?」

「あ、うん。いま、夏哉の家にいる」

「あんたは行かないの?」

「行かないよ」


昼下がりの家の近くで制服を纏って立ち話、なんてユリにとって居心地も悪いはずなのに、そんな雰囲気は微塵も感じさせない。

夏哉の家の方を見遣り、ぼうっとしているユリのそばに立つ。


来ないでよ、とは言われない。


「あたし、進級できるらしいから」

「は……え、そうなの」

「できないと思ってたんじゃないの?」


気にしてなかったわけじゃないけれど、聞けるとも思っていなかった。

まさかユリから話してくれるとは思わなくて、素っ頓狂な声を上げてしまう。


「しないのかな、とは思ってた」

「同じじゃん」

「同じじゃないよ」


ユリなら大丈夫だって思ってた。

けれど、それはユリに伝えられなかった。

背中の押し方として、正しくないことだって、わかってたから。


「アユミが、おいでって言ってくれたから」


アユミちゃん、確か、夏哉の手紙にも書いてあった子だ。


「うちの親、学校には行って当たり前って言う人だから。それならって意固地になって閉じこもってたら、夏くんの手紙に書いてあったみたいに、あたしに対して引き気味になったのよ。もう、あたしのタイミングで踏み出すしかないって思ってたら、アユミが電話でそう言ってくれた」


ユリが自分のことを人に、わたしに話してくれることに驚いて、相槌も忘れてしまう。


「あたし、性格キツイじゃん」

「うん」


よりによって、肯定してはいけないようなタイミングでようやく打ち付けた相槌に、ユリは一瞬睨みを効かせて、すぐに普通に戻った。


「1年のときのクラスメイトのことまだ気にしてたの、本当はもう全部薄れてきちゃってたのに、濃くなぞろうとしてたんだよね」

「そっか」

「夏くんの手紙ほど深刻なことじゃなかったの。これは、本当。もしあんたがあたしのこと少しでも心配してるんなら、もう大丈夫だから」


こっちを向いたユリの目は力強かった。

睨むでもなく、わたしだけを映して。


わたしの言葉を待っているように思えた。


「わたしも……」


もう、大丈夫だよ。

そう口にしようとして、この間のことを思い出した。

あれからたったの5日で、大丈夫なんて言葉に信頼性がないことくらい、わかる。