「さかき……?」
「うん。榊、夏哉……」
もしかしたら、名字は知らなかったのかもしれない。
それにしては、顔面が蒼白しかかっている。
「なあ、夏哉の父親ってさ」
「……はい?」
父親? どうして、夏哉の父親の話になるのだろう。
想像もしていなかった切り返しに戸惑いながらも続く言葉を待つ。
「大学講師とかだったり……する?」
確かに、夏哉のお父さんは大学の講師をしている。
わたしの地元にある大学に所属しているのだけれど、別の大学へ講義をしに行くときもあるのだと、夏哉に聞いたことがある。
ほぼ県境に位置するこの島に一番近い大学がどこなのかはわからないけれど、もしそこにナオキが通っているのだとしたら、講義を受けたことがあるのかもしれない。
「でも、よく……」
よくわかったね、と言いかけて、言葉が出なかった。
ぽたん、と一粒の雫が砂浜に落ちる。
それは見間違いではなくて、確かに、小さなクレーターを作った。
「……どうしたの?」
冬場だから汗をかかない、なんてことはない。
ナオキはこの短時間に船を往復させたわけだし。
手漕ぎではないにしても、体力や神経を使う作業だったりするのだろうか。
「嘘だろ。だって、榊先生の息子って」
顔面蒼白のナオキは、棒立ちのまま、指が白くなるほど強くぎゅっと拳を握る。
見開かれた瞳の真ん中にわたしを閉じ込めて、どこにも行けなくなった。
知っていたんだ。
点と点だったものが、夏哉の名字をきいて、ナオキのなかで繋がった。
「夏哉は……」
人がひとり死んだということを、この口で告げることは、とても重い。
コウトくんとユリが例外だっただけで、夏哉の話をするには毎回この過程を踏まなくてはいけない。
「亡くなりました。1月4日に」
どうしても、声のトーンが落ちてしまう。
わざと明るく振る舞う必要はないけれど、伝えたあとの沈黙と空気の重さが肌にひしひしと伝わって、落ち着かなくなる。
「……年明けていちばん最初の講義、休みだったんだよ」
年明け、という時期に重なるものはもう、ひとつしかなくて。
「急だったから、休校の知らせも出てなくて、時間になってから知らせに来た事務の先生が言ってたんだ。たぶん、本当は生徒に漏らしちゃいけなかったんだろうけど……息子さんが亡くなったからって」
どこを見ているのかわからなくなった瞳は、海の方を向いてさまよう。
その向こう側に夏哉を見ているのでは、と追いかけるけれど、本土の山と道路が遠くに見えただけだった。