「あんたのそういうところ、本当に嫌い」


そうやって、顔を歪めさせてしまうことも。

聞きたくない言葉を引き出してしまうことも。

突き飛ばさないように握り締められた手も。


全部、わかっていたのに。

変わらないといけないのはユリではなくて、わたしなのだということも。


「先に行く」


折れかけたヒールで駆け出したユリの背中はとても小さい。

わたしと同じように、ユリだってきっと自分のことで精一杯のはずだ。

溢れださないように押し込めているつもりのものが溢れ出て、ユリの足下まで浸すというのなら、わたしはやっぱり、誰かのそばにいるべきではないと思う。


「アキラ、ユリのそばにいてあげて」

「はあ?」


なんで俺が、と。

そう言いたいのだろうけれど、もう一度頼むとわたしの目を覗いて、それから頭に手をのせた。

アキラの手が何度かわたしの頭の上を行き来する。


「わかった」


アキラはわたしの脇に飛び降りて、風のように駆けていった。


一緒に行こう、と強引にでも手を引かないところが、アキラの優しさなのだろう。

夏哉だったら、わたしが頼む前に、わたしの手を引いてユリを追いかける。


ここに留まっていたかったけれど、ざわついて小波立った心の縁が撫でても摩っても凪にならず、貧乏揺すりの果てに動きたがる足を踏み出した。


アキラとユリの歩いていった方向とは逆に向かっていく。

潮の香りをなるべく吸わないように、息を止めるけれど、そのうち大きく吸い込んでしまうから、鼻も喉も海を覚えてしまう。


右足を前に出して、左足がそれを少し追い越して、また右足が左足との距離を開いて。

立ち止まらなければ並ぶことのない攻防が、人の歩みのように思えて、ずっと止まることが出来なかった。


やがて、真っ直ぐだったはずの道が下り坂になっていく。

時間と距離的に、そろそろ引き返した方がいいことはわかっていたけれど、そのまま道沿いに歩いていく。


アスファルトを踏む感触が土を踏む感触に変わって、それからすぐに砂を踏むものに変わった。

本土の砂よりもキメが細かく、スニーカーの底の形がすぐに埋まる。

陽光を反射して煌めく海面と同じくらい、砂浜も輝いていた。


ぶつかるものがない分、波の押し引きも緩やかで、心落ち着くリズムを刻んでいく。

ぺたり、と膝から砂に埋めるようにして、全身の力を抜く。


「夏哉」


何度か口を開いた。

何も、声にならなくて。

手当たり次第に頭に浮かんだ言葉を舌に乗せようとして、ようやく空気に紛れたのは、どうしたって届くことの無い人の名前。