そこ、とナオキが示した家に行くまでのあいだ、防波堤は高く細く続いていて、わたしとユリは下の歩道を歩いた。
折れかかったヒールを気にしながら歩くユリに手を貸すべきか迷っていると、視線に気付いたのかきつく睨まれる。
悠々と鼻歌混じりにテンポよく防波堤の上を歩いていくアキラを見上げると、その向こう側にある太陽が、彼の表情を隠した。
「あ、今すげえデカい魚がいた」
不意に立ち止まって海の中を覗き見るから、ちょうど間にあった階段を上り、海を覗く。
いくつかのテトラポットの向こう側に、確かに魚影は見えるけれど、アキラのいうデカい魚というのはわからない。
フジツボと藻だらけのテトラポットの隙間を、フナムシが駆け回っている。
首を伸ばして覗こうとしたユリは、それを見て、ゲッと顔を顰める。
「きもい!」
言うと思った。それを皮切りに、海風で髪がべたつくだとか、肌が乾燥するだとか、もともと抑えていた不満らしきものを遠慮なく爆発させる。
宥めるように、受け流すようにアキラが生返事で相手をしてくれている間、わたしはテトラポットの隙間を眺めていた。
昼前の今でさえ、深くまでは光が入らない。
夏哉は、月明かりさえ届かないような夜の先に、わたしをここから見つけてくれた。
ぞわりと背筋に走った悪寒は、恐怖やトラウマなんてものではない。
あれはわたしの意思だったし、わたしが望んだことだった。
いつの間にか、ユリの声もアキラの声も聞こえなくなっていた。
波が打ち付ける音、テトラポットの僅かな隙間に入り込んだ水が揺れる音、少し遠いところで、船のエンジン音が聞こえた。
「……見ないでよ」
小さな声が風に吹かれて耳に入り込む。
ユリの声だ。
優しくて柔らかい、いつものようなトゲはない。
振り向くと、なぜか泣きそうに目を潤ませながらも、かたく強ばらせた表情で、ユリがわたしを見つめていた。
どうしたの、と首を傾げられる状況でないことは、わたしがいちばんよくわかっている。
横からはアキラの視線を感じたけれど、今はユリから目を逸らせない。
落ちた沈黙の間を走るのは、単なる無言の時間ではなくて、言葉を探す時間だった。
どう、なにを答えたら、ユリのその表情を変えられるだろう。
「もう、忘れたよ」
乾いた舌が上顎に張り付いて、声が掠れた。
言い終えて、防波堤から飛び降りる。
そうして、ユリにだけ聞こえるように囁く。
「ごめんね」
見ないでよ、なんて言葉だけで、その意図を読み取れる人間はわたししかいない。
あのときのことをユリが忘れられていないのなら、きっかけも含めてすべて、わたしのせいだ。
謝罪はまちがっていない。
それなのに、ユリはかたくくちびるを結んで、怒りのこもった目でわたしを見ていた。