会話が聞こえてきただけで、ユリはわたしに相談をしようとしなかった。
見ず知らずの人に、言葉は丁寧とは言えないにしてもあれだけ躊躇なく話しかけられるのはユリの長所なのだろうけれど、まるきり頼られないわたしは何なのだろう。
身を乗り出しさせしなければ船の後方にいてもいいと注意書きに書いてあったから、船外機の音を聞きながら縁に腕をのせる。
勢いをつけて発進した船は、次第にスピードが緩やかになっていく。
船の周りに小波が白く泡立つ様に見入っていると、いつの間にかアキラが隣にいた。
わたしと同じように膝立ちで座って、縁に腕を置き、更に顎を重ねる。
「なあ」
「……ん?」
少しだけぼんやりとしていたせいで、返事が遅れた。
考えていたのは、風に晒されて冷たい手のことだ。
さっきユリの足に伸ばしかけた右手が、今もどこかに届きたがって、ふらりと船の外を揺れていた。
「さっきの、冬華は悪くねえよ」
さっきの、とはなんて、聞かなくてもわかる。
見ていたのだろう、わたしとユリのやり取りを。
無性に、泣きそうだった。
ただの純粋な心配さえ、蔑ろにされてしまう。
そこまで、わたしとユリの関係は歪んでいた。
そのことに気付かされた。
熱の集まる目元を腕に押し付ける。
もうずっと、わたしがいっぱいでいることを、アキラは知っている。
なにかひとつを零したら、大切なものまで流れてしまいそうで、こわくて、なにも零せないでいることを。
大きな手のひらが、後頭部を包むように押し付けられる。
顔を上げられない理由を作ってくれているみたいに。
潮の匂いが鼻をついて、もう、色んな刺激が涙腺をつつくけれど、結局涙は一粒も零れなかった。
島のそばに近付くと、岸の辺りに子どもたちが集まっているのが見えた。
島の船着き場は船との高低差があって、ユリがスカートであることを考慮して用意してくれた木箱を借りて、順に降りていく。
岸に集まっていた子どもたちが一斉にこちらへと向かってきた。
「尚樹、おせーよ!」
「電車間に合わねーじゃん」
「誰だよこの人たち!」
わらわらと集まってきて、船に乗り込むと操縦席に座る彼の周りを囲んで言いたい放題。
はいはい、と軽くあしらって子どもたちを散らしていた。
「ナオキ……」
子どもたちの高い声の合間に、ユリがぽつりと呟く。
顔見知りではないのだろうけれど、名前を聞いてこの反応を見せるということは、もしかしなくても、4通目の送り先は彼なのかもしれない。
岸にいた子どもたちが全員船に乗ったところで、ナオキ、と呼ばれた人が首を伸ばして声を張り上げた。
「ちょっくらこいつら送ってくる! そこの家に入って待ってろ!」
再び船を出したナオキが船着き場から離れたところで綺麗にターンをして向こう岸へ向かう。
わたし達を乗せたときよりも、かなり速いスピードで。