顔を上げると、近くに紗雪の顔があった。あの日、放課後の教室で会った時以来の顔の近さに、太一は頬をあからめた。
「私は生きたい。月岡君が言ってくれたように、お母さんの為にも生きたいと思った。本当にありがとう」
 にっこりと笑みを見せた紗雪は、転落防止の柵を越えようと柵に足をかけた。
 瞬間、今まで静かだった風が急に強く吹き荒れる。紗雪の身体がよろめくのを見た太一は、紗雪の背中を支える。柵越しには森川先生が紗雪に手を伸ばしていた。
 危なかった。太一はほっと息をついた。
 その一瞬の気の緩みがいけなかったのかもしれない。
 今度は先程よりも更に強い風が、太一の身体を揺さぶった。
 風通しの良い屋上独特の風。昼間は比較的穏やかな風も、こうして夜になると裏の顔を見せてくる。風に煽られた太一の身体が、校舎とは逆の方向へと倒れていく。
「あっ――」
 声が続かなかった。太一は足場のない空間へと放りだされる。先程まで目の前にあった光景が、真っ暗な空間に切り替わる。頭を下げて顎を引くと、紗雪の姿が見えた。
 声は聞こえない。だけど紗雪が何か叫んでいるのが口の動きからわかった。
 無意識に太一は紗雪へと手を伸ばした。それに応えるように紗雪も太一へと手を伸ばす。
 しかし、無情にも太一の手と紗雪の手が触れることはなかった。
 ――俺は死ぬのか。
 瞬時に脳裏によぎったのも束の間、同時に起こった現象に太一は思考の全てを奪われた。
 太一の捉えている視界の先、漆黒の空で輝いていた一つの星が急激に光を放ったのだ。
 その光は衰えを知らず、空間全体を明るく照らして太一を一気に飲み込んだ。