目をつぶり、息を吐いた紗雪は空を見上げた。太一もつられて空を見上げる。丸い月が綺麗に輝いている。今日は満月なのかもしれない。その美しさに見惚れていると、森川先生がゆっくりと口を開いた。
「母さんは言っていた。紗雪を苦しめたのは私だと。だから紗雪にはもう苦しい思いをしてほしくないと。そのために私は母さんとの約束を守るために、紗雪に嘘をついた」
「嘘?」
 顔を森川先生の方に向けた紗雪は、次の言葉を静かに待った。
「私と母さんは離婚なんてしてない。最後の最後まで、私達は家族だったんだ」
 瞬間、紗雪の頬を一滴の雫が流れ落ちた。月明かりに反射して、その涙が綺麗に輝いている。
「紗雪を刑務所に来させないでほしい。そう言われた私は、離婚したと言えば紗雪がもう母さんの所に行くことはないと思った。だけどそれは逆効果だった。今考えれば、大好きだった母さんへの思いを強くするだけ。もっと紗雪のことを考えていれば、別の方法に辿り着いたのかもしれないのに。本当にすまなかった」
 改めて頭を下げた森川先生は身体を震わせていた。静謐な空間に、二人のすすり泣く音が聞こえる。
 これでよかった。そう太一は思った。お互い話し合って気持ちが通じ合う。それこそが本当の関係なんだと。
 隣で身体を震わせる紗雪の肩に、太一はゆっくりと手を置いた。
「初めて教室で二人きりになった日。どうして俺にかまうのかって聞いたとき、紗雪は言ったよな。罪滅ぼしって。最初から悪意があって俺を巻き込んだのなら、絶対にそんな言葉を言わないと俺は思う。紗雪はその言葉を守って、俺が苦しい時にいつも隣にいてくれた。だから今度は、俺が紗雪のそばにいてあげたいと思ってる」
 太一は紗雪と向き合う。涙で濡れた紗雪の頬を手で拭った太一は言った。
「明日から学校に来てほしい。どんなことがあっても、俺が紗雪を守るから」
「……うん」
 紗雪は身体を震わせながらも、ゆっくりと頷いた。
「さてと、お前らはとっととその場所から戻って来い。危なくて見てられない」
 今まで口を閉ざしていた高野先生に言われ、太一は自分達のいる所が如何に危険な場所だったかを思い出す。ここは六階。もちろん転落などしたら確実に死が待っている。今も足元のつま先部分が、空間へと飛び出たままだった。
「月岡君」