でも紗雪を見れば、何となくわかるきがした。紗雪のお母さんは、その優しさで大きなものを紗雪にもたらしていたんだと。実際に紗雪の人柄は森川先生とは違う。森川先生自身も言っていた通り、紗雪は根っからの母親っ子だ。
 それがわかるからこそ、太一は紗雪に言いたかった。
「紗雪はお母さんのためにも、絶対に生きなきゃ駄目なんだ!」
 太一の胸の中で、紗雪は身体を震わせた。何かを必死に堪えるように、太一の胸に顔を埋めている。そして暫くして震えが止まった紗雪は、ゆっくりと顔を上げて太一を見つめた。
「どうして……どうして月岡君は私にかまうの? 私はあなたを騙した。酷いことをした。それなのにどうして」
「紗雪の彼氏だから」
 間髪入れずに太一は紗雪に告げる。紗雪は驚いた表情で目を見開いていた。
「私は……終わりにするって言ったはず」
「そうだな。確かに言われた。でも俺からは終わりにするとは言ってない。彼氏として、紗雪の罪滅ぼしを一緒にしないといけない」
 そう告げた瞬間、ドンっと大きな音が鳴った。音のする方へ視線を向けると、屋上の入口が開いていた。そして二つの影が、太一達の方へと動いているのが見える。
 太一はその影をみてほっと息を吐く。紗雪は訝しむように二つの影を目で追っている。
 徐々にそのシルエットがはっきりと見えてきた時、声が聞こえた。
「紗雪」
「……お父さん」
 直ぐに気づいた紗雪は、驚きを隠せない表情をしていた。月明かりが森川先生の顔を浮かび上がらせる。
「月岡が呼んだんだ。今日、屋上に森川が来るって」
 森川先生の後ろから現れたのは、もう一つのシルエットの人物、高野先生だった。
「先生。ここ禁煙でしたよね?」
「いいだろ、月岡。今日くらいは」
 煙草をふかしながら、高野先生は虚空を見上げる。
「月岡君……どういうこと?」
 当然、今の状況が理解できない紗雪は太一を問いただす。
「お父さんと話をして欲しかったから。だから高野先生に頼んで連れてきてもらったんだ。紗雪がずっとお父さんと話してないって聞いたから」
 茫然と立ち尽くす紗雪に、森川先生は柵まで近づく。
「紗雪……すまなかった」
 そして森川先生は柵越しにいる紗雪に向け、深く頭を下げた。
「私がいけなかった。紗雪のことを考えもせずに、紗雪にずっと重荷を背負わせていた」