そっと空に右手を伸ばした紗雪は、ゆっくりと開いた手を結んでいく。奇々怪々な行動をとる紗雪に、太一は何故だか見惚れていた。
 まるで紗雪が、空に浮かぶ星々を掴んでいるように見えたからなのかもしれない。
「マリンスノーって知ってる?」
「マリン……スノー?」
 唐突に出てきた知らない言葉に、太一は素直に首を横に振る。
 紗雪は結んだ手を自分の胸元まで持ってくると、マリンスノーについて解説し始めた。
「深海で降る雪のことを言うの。とても神秘的で綺麗な現象」
 胸元に持ってきた手を紗雪はそっと開く。当然、そこには何もなかった。それでも紗雪はずっと自分の手のひらを見つめ続けている。
「でも綺麗なマリンスノーの正体は、プランクトンなどの死骸。そう聞くとより一層、神秘的な感じがすると思わない?」
 虚空をただただ見つめ続ける紗雪に、太一は問いただす。
「何が言いたいんだよ、紗雪」
 紗雪の起こす一連の行動に、太一の理解が追いついていない。
 紗雪は何を伝えたいのか。今、何を思っているのか。
「失って初めて気づくことってあると私は思ってる。マリンスノーのように、死んでも誰かの心に何かを残そうとする現象。星だってそうなの。死んでも輝いて何かを残そうとする。だから私は思う。私が死ねば、お父さんの考えは変わるかもしれないって。お母さんが否定したかったボンドを、私の死をもって初めて否定できるのかもしれないって」
 ゆっくりと開いた手を結んだ紗雪は太一を見る。その真っ直ぐな視線を見てられなかった太一は、自分から視線をそらした。
 紗雪は相当な覚悟で死を決意している。それは紗雪のお母さんが否定したかったボンドの為だと。
 沈黙が続く間、太一は変な違和感を覚えていた。どこか胸の奥で何かが絡みついているような感覚。紗雪の言葉を、素直に受け入れることができていない自分がいる。
 どうしてそんなことを思うのだろうか。今まで起こしてきた行動を太一は振り返る。
 考えろ。考えなければ答えは出てこない。
「……だから死ぬのか?」
 ようやく言葉を放った太一の問いかけに、紗雪はゆっくりと頷いた。
 冷たい風が太一の頬を掠め、紗雪の髪をなびかせる。
 胸の奥で絡まっていた答えが、太一にははっきりと見えた。
 だからこそ、太一は紗雪に伝えないといけなかった。
「紗雪は間違ってるんだよ」
「間違ってる?」