「私ね、学校に行けなくなってからずっと考えてた。どうして私って生きてるのかなって。月岡君は知らないと思うけど、私は小学生の頃からずっとイジメに遭ってたの。理由は私のお母さんが、同級生の母親を殺したから。次の日にはみんな私のことを無視し始めた。今考えると、親御さんに関わっちゃいけないって言われてたのかもしれない。でも、それが当たり前だと思う。人殺しの子供なんて、親と同じことをやりかねないと――」
「紗雪!」
 太一は紗雪の言葉を遮り、手すりを掴んでいた紗雪の手を握った。
「もういい。それ以上、言わなくて……俺は知ってる。紗雪の過去に何があったのか。紗雪のお父さんから聞いたから」
 視線を向けてきた紗雪は暫くの間、太一から目をそらさなかった。太一も何を話せば良いのかわからず、紗雪のことを見つめ続ける。
「なら、話は早いかも」
 紗雪は太一の手を振りはらうと、ゆっくりと太一に背を向けた。手すりから手を離し、空に浮かぶ月を眺めている。
「紗雪、何をしよ――」
 突然脳裏に浮かんだ光景に、太一は思わず言葉を失った。これから紗雪が何をしようとしているのか。想像したくない映像が太一の頭をよぎる。
「ちょっと待てって。まさか……」
 言葉がうまく出てこない太一に、半身だけ振り向いた紗雪がそっと囁いた。
「私……死のうと思う」
 紗雪の言葉が現実かどうか、太一にはもはや判断がつかなくなっていた。冷めた紗雪の声が風に乗って太一の耳に入ってくる。
「そうじゃないだろ。自分が何を言ってるのか、わかってるのか?」
「わかってるつもりよ。だって私は……生きてる価値なんてないってわかったのだから」
 太一は紗雪の言葉を全力で否定したかった。しかし否定したいと思う気持ちとは裏腹に、言葉が喉から先へと出てこない。
 そんな太一を横目に紗雪は言葉を紡いでいく。
「私はずっとボンドを否定したいと思ってきた。だけど否定することだけを考えてきた私の考えは甘かった。関係ない月岡君を巻き込んだのにも関わらず、否定することすらできていない。結局はボンドを否定するどころか、学校にすら通えない昔の自分に戻ってしまった」
 紗雪は漆黒の空を見上げると、そっと呟いた。
「罰が下ったんだと思う。散々、無関係の人を苦しめたのだから」